言葉の力を信じる人たちへ

言葉は人を癒やすことも傷つけることもできる。
ほんとうに大切なのは言葉ではないのかもしれない。
それでも言葉の力を信じるすべての人へ。

献立の計画[言葉の切れ端029]

言葉の切れ端

人生の計画なんてものはだな、と先生は言った。 給食の献立みたくその通りにはならない。 むしろ、家の晩ごはんの献立みたいに、その時にならないとわからないことだらけだ。 大切なのは、お前の母ちゃんがお前の好物を知ってるってことなんだ。

肉体的に信じるということ[言葉の切れ端028]

言葉の切れ端

もし君が何かを信じるとするね。 徹底的に、そして願わくば恒久的に。 そうすればもう、何かを学んだり、心を揺るがせたり、何かを変えようとする必要はなくなる。 うまくいけば、幸福になることだってできる。 ここでの問題は、君たちがいかに信じられるかということに尽きる。 余計な疑問が頭をもたげてくるのを、いかに打ち負かすか。 それには肉体的な鍛錬が何よりも意味を持つ。 わかるね?

人生に意味はない『孤独の発明』ポール・オースター

ポール・オースターの作品には、比較的若い(と言っても青年から壮年までさまざまだけれど)男性が主人公となる。 そしてその多くが、世界を真正面から眺めてはいない。 しかしそのことこそが、彼らの語る言葉、まとう空気を真実に近いものにする。 おそらくは、(それは十分確からしく)、我々の目にする世界は多くの場合見たままのものではないのだ。 『孤独の発明』は、自伝ではない。 作家自身が訳者に話したように。 「 […]

無限空間への意識飛ばし[言葉の切れ端025]

言葉の切れ端

思考停止だって? つい今しがた、隣の惑星の訪問を受けたポールは苛立ちながら書類に判を押し始めた。 彼にとって、いやこの星に生息するすべての人間にとって、苛立ちという感情を経験するのは宝くじに当たるより珍しい。 人々の意識を特定の無限空間へ飛ばし、有限性が引き起こすすべての事象から価値を取り去ってしまうことで、命を絶つ者も戦争も飢えの苦しみも消えた。 不思議なことに、制約を取り去ったことで人々の思考 […]

素直になれなくて[言葉の切れ端024]

言葉の切れ端

「まりちゃんは?」あたしが温めた魚の煮付けを出すと、夫は言った。 「まりちゃんはもう、ごはん食べたの」 「待ってたほうがよかった? 夜の十時まで、おなかすかせて、いつまで待てばいいかも知らずに」 あたしの声は冷たい。 食べた、とただそれだけ言えばいいのに、十五時間ぶりヒトとする会話のやり方を、思い出せない。 「ごめん」男は言って、小さくいただきますを言う。 あたしはこの人を愛しているのだ。

黒猫との共通の話題[言葉の切れ端023]

言葉の切れ端

うむーう。 黒猫は言った。 会社を辞めて、貯金を全部おろして、長野県の貸し出し別荘に腰を落ち着けて三日目の夕方。 大きな窓に座って外を眺めている黒猫に気が付いたのは、窓を開けてみようと思い立ったからなのだ。 黒猫はごく普通の黒猫だった。 ただ、喋るというだけのことだった。 取りたてて気にするほどのことではない。 問題は、僕らのあいだに共通の話題がないことだった。

夢だとしたらどうなのかしら[言葉の切れ端022]

言葉の切れ端

こうしてあなたと話してるのも、 会社に行かなくちゃならないのも、 パンケーキを食べたら太っちゃうのも、 生理痛も、 全部夢だったら。 そしたらさっさと目覚めて、悩みごとや悲しみも全部どこかへ行ってしまうのかしら。 それとももっと恐ろしい現実が待っているのかしら。

守り人と侵入者[言葉の切れ端021]

言葉の切れ端

ごく普通の寒冷地として穏やかな日常を何百年も守り抜いてきたこの国は、ある日突然外からの侵入者たちによって、滅ぼされてしまった。 彼らの国に生えるオレンジ色の白樺が欲しかったのだ。 侵入者たちは、武器を携えて突然やってきて、何もかも奪ってしまう。 弱者のものが欲しいときは、そうするのが一番手っ取り早いからだ。 そうして適切な守り人たちを失った白樺たちは枯れ、侵入者たちも飽きて出て行ってしまった。それ […]

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