憂鬱の解剖[言葉の切れ端038]

1621年、ロバート・バートンは『憂鬱の解剖』を書いた。

それから400年、憂鬱さはなおも人々の関心事であり、時に命を奪う。

憂鬱というのは、解剖されるべきものでも攻略されるべきものでもない。

同じ磁力で遠ざけようとするものでもない。

それは幸せを求めるのと同じことだ。

すべてを、五感で感じるのだ。

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ことば、文字、文章。 それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。 文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。 そんな文字の持つ力に心躍る方がいたら、ぜひ友達になってください。 私はそんな友達を見つけるために、物書きをしているのです。

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