恋人はアメリカ人のおじいちゃん[言葉の切れ端054]

私はときどき、アメリカのボーイフレンドのことを思い出す。

彼はもう八十歳近くになっていて、肝臓がんの手術のために入院しなくてはならなかったから、一ヶ月近く連絡が途絶えていた。
彼はそのために旅行を中断して、オーストラリアからアメリカに帰らなくてはならなかった。

「今のところ、ヤンキースが3―0でリードしている」彼が昼下がりに打つメールを私が読むのは、ほとんどタイムラグなしで見ているのに、翌朝なのだ。

同じ時間を生きているはずなのに、私たちの世界はいつもずれている。

でもそのおかげで、私は彼との物理的距離や年齢差(50歳!)を必要以上に気にしなくて済んでいる。

「僕が死んだら」彼は事あるごとに言う。「うんとハンサムな日本人になって、君にプロポーズしに行くからね。断ったりしないでくれよ」

彼は私がこの世界で一人ぼっちにならないように、そんなことを言うのだ。

「じゃあ、私があなたをひと目で見分けられるように、うんと太い眉毛で来てね」

私たちは声をあげて笑う。ビデオ電話では、涙は見せない。

投稿者プロフィール

ちひろ
ことば、文字、文章。
それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。

文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。
そんな文字の持つ力に心躍る方がいたら、ぜひ友達になってください。
私はそんな友達を見つけるために、物書きをしているのです。

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できることなら、十四歳という年齢はすっとばしてしまえるのがいい。
冬に元気をなくす母親と、影の薄い善良なフィンランド人の父親を持ち、ぼくは彼らの経営する瀬戸内市の小さなリゾートホテルで暮らしていた。ある時なんの前触れもなしに、ぼくにとって唯一の友達であったソウタが姿を消した。学校に行くことをやめ、代わり映えのしない平穏な日々を過ごすぼくの生活に、少しずつ影が落ちはじめる。

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