哲学と爪切りの類似についてのごく短い考察[言葉の切れ端062]

僕たちは、肉体を生かす上で何の役にも立たないことを思考することがある。
彼らはそれを、哲学と呼ぶ。

彼らは言う。
深く考えるんじゃない。そんなのはどっちだっていいじゃないか。

でも僕はこう思うんだ。

哲学的命題について思いをめぐらせることは、言わば爪切りに似た行為なのだ。
放置しておくと、それらは僕らの中に堆積し、危険な凶器と化してしまう。そしていずれ、僕らの肉体をも巻き込むことになるだろう。

ブログ運営者

ちひろ
ことば、文字、文章。
それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。

文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。
そんな文字の持つ力に心躍る方がいたら、ぜひ友達になってください。
私はそんな友達を見つけるために、物書きをしているのです。

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