弱き者のために犠牲になるのだ[言葉の切れ端068]

暴力は弱き者のためにある。
戦争も、政治も、資産家が貯め込んでいる大量の金も、すべては弱き彼ら自身を守るために、彼らが行使あるいは所有することを許されたものなのだ。

そう友は言った。

「でもそれが、お前が殺されていいということにはならない。ユダヤ人だというただそれだけで」

強き者は、弱き者の犠牲にならなくてはならない。私は喜んで殺されるよ。弱き者を強き者が淘汰することは、世界平和にはつながらない。

「ばかだな」
私は言う。
「お前が死んでも、弱き者の不安はなくならないぞ」

友は既に息絶えていた。

「まったく、お前ほどのばかにはそうそうお目にかかれないよ」

ブログ運営者

ちひろ
ことば、文字、文章。
それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。

文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。
そんな文字の持つ力に心躍る方がいたら、ぜひ友達になってください。
私はそんな友達を見つけるために、物書きをしているのです。

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