きみ、小説を書くといいよ[言葉の切れ端072]

「ブログだとかツイッターだとかいうのはね、ちっとも自由じゃないよ、きみ」
黒澤がビールジョッキを手で温めながら言う。
「でも自分の意見を自由に言えて、ダイレクトにレスポンスがある。そうだろ?」
僕はこの夏からフリーライターとして走り出していた。未経験の僕がこの世界で生きていける見込みは、正直言って薄い。
黒澤は大学に七年いた挙げ句、就職というものをまったくせずに、それでもどういうわけか普通に暮らしていくだけの収入はあるらしく、僕は下心もあって実に八年ぶりに連絡を取ったのだ。
「インターネット上での発言に、いったいどれほどのリスクヘッジが施されているか知っているのか、きみ。そしてインターネットで発言をしている人たちは、考え方の偏った人口全体の10パーセント程度の人間だ」そう言って黒澤はぬるくなったであろうビールに感慨もなく口をつける。
「うん、それで?」彼の話に腹を立てずに付き合えるのは、大学時代から僕くらいなものだった。
「小説を書くといいよ」
「小説?」
「つまりフィクションさ。炎上も忖度も気にせず書ける。しかも、小説を読む人口は右肩下がり。これはチャンスだよ、きみ」
「黒澤は小説家なのか?」
黒澤は僕の言葉には応えず、残った出汁巻きに箸を突き刺した。
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ことば、文字、文章。
それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。
文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。
そんな文字の持つ力に心躍る方がいたら、ぜひ友達になってください。
私はそんな友達を見つけるために、物書きをしているのです。
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冬に元気をなくす母親と、影の薄い善良なフィンランド人の父親を持ち、ぼくは彼らの経営する瀬戸内市の小さなリゾートホテルで暮らしていた。ある時なんの前触れもなしに、ぼくにとって唯一の友達であったソウタが姿を消した。学校に行くことをやめ、代わり映えのしない平穏な日々を過ごすぼくの生活に、少しずつ影が落ちはじめる。
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