誠実に書くことと、なにかに近づくこと[言葉の切れ端114]

水の中に手をしずめていて、これだと思う瞬間がある。
それは真実というほどのものでもなく、それでも唯一信じられるもの。
私はそれがどんなかたちをしているのか見てみたいと思う。水から出してみたいと思う。
いっぺんに全部取り出すことはできないから、まずはひとつだけ、手でつかんで取り出してみる。
それは、それの一部であるそれは、間違いなく本体とつながってはいるのだけれど、もう「うそもの」になっているように私には感じられる。
それが私が文章を書いているときに感じていることだよ、とコトリさんは教えてくれた。
「それじゃ、書くことはなにかに近づいていることにはならないんですか」私は手を組みかえて、爪のでこぼこを触る。
コトリさんはほんの少し微笑んで首を振る。
「いつも間違ったことを書いているんだと思う。それに気がつかないのは、書いている瞬間だけ。だから私は読み返さないの。読み返してしまうと、私の書いたものは決して他の人の目に触れなくなる」
そのほうがいいのかもね。最後にコトリさんは言い、それきり口を閉ざした。
書いた人
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ことば、文字、文章。
それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。
文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。
そんな文字の持つ力に心躍る方がいたら、ぜひ友達になってください。
私はそんな友達を見つけるために、物書きをしているのです。
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できることなら、十四歳という年齢はすっとばしてしまえるのがいい。
冬に元気をなくす母親と、影の薄い善良なフィンランド人の父親を持ち、ぼくは彼らの経営する瀬戸内市の小さなリゾートホテルで暮らしていた。ある時なんの前触れもなしに、ぼくにとって唯一の友達であったソウタが姿を消した。学校に行くことをやめ、代わり映えのしない平穏な日々を過ごすぼくの生活に、少しずつ影が落ちはじめる。
『レモンドロップの形をした長い前置き』
著者:田中千尋
販売形態:電子書籍、ペーパーバック(紙の書籍でお届け。POD=プリントオンデマンドを利用)
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