誠実に書くことと、なにかに近づくこと[言葉の切れ端114]

水の中に手をしずめていて、これだと思う瞬間がある。

それは真実というほどのものでもなく、それでも唯一信じられるもの。

私はそれがどんなかたちをしているのか見てみたいと思う。水から出してみたいと思う。

いっぺんに全部取り出すことはできないから、まずはひとつだけ、手でつかんで取り出してみる。

それは、それの一部であるそれは、間違いなく本体とつながってはいるのだけれど、もう「うそもの」になっているように私には感じられる。

それが私が文章を書いているときに感じていることだよ、とコトリさんは教えてくれた。

「それじゃ、書くことはなにかに近づいていることにはならないんですか」私は手を組みかえて、爪のでこぼこを触る。

コトリさんはほんの少し微笑んで首を振る。

「いつも間違ったことを書いているんだと思う。それに気がつかないのは、書いている瞬間だけ。だから私は読み返さないの。読み返してしまうと、私の書いたものは決して他の人の目に触れなくなる」

そのほうがいいのかもね。最後にコトリさんは言い、それきり口を閉ざした。

投稿者プロフィール

ちひろ
ことば、文字、文章。
それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。

文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。
そんな文字の持つ力に心躍る方がいたら、ぜひ友達になってください。
私はそんな友達を見つけるために、物書きをしているのです。

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