過去と現在と未来、悪者は誰だ[言葉の切れ端123]

現在との比較で過去のことを想起するとき、それが個人的なものごとであれば我々は現在をかさ増しして見る傾向がある。過去よりも現在がより善きものならば、慣性の法則に従って未来は現在より良くなると推測できるからだ。

しかしそれが一般化された事柄になると、状態はまるで反転する。

昔は自然がたくさん残っていてよかった。
昔は子育てを手伝ってくれる人が大勢いてよかった。
昔はがんにかかる人なんていなくてよかった。
現在の悪しきものの責任を自分一人で背負わなくてよくなった途端、人々は現在に対する寛容性を失う。

ここで大切なのは真実や事実ではなく、人々の逃避受容器としてのナニカなのだ。

投稿者プロフィール

ちひろ
ことば、文字、文章。
それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。

文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。
そんな文字の持つ力に心躍る方がいたら、ぜひ友達になってください。
私はそんな友達を見つけるために、物書きをしているのです。

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