経済は回してやらないといけないんだ[言葉の切れ端126]

「経済を回してやらないといけないからな」そう言って新調したオメガの時計を私に見せてきたのは、同僚のタカヤマナオキだ。

「高度経済成長みたいなのは、たしかに幻想だ。それは間違いないと俺も思うよ。でも、だからこそ俺たちみたいな上位3パーセント層が経済を回す必要がある。投資は不当な搾取って気がしてどうも気が乗らない。その点消費はシンプルだ。買います、売ります、ハイ終わり。一種のボランティアみたいなものだと思えばいい」

「仕事で散々搾取してるからね」私は、我々の勤める会社の業種を指して冗談めかして言う。

タカヤマは一瞬あっけにとられたように停止し、それからわずかに眉間にしわを寄せる。これでも相当レベルを下げてコメントしてやっているというのに、器の小さい男だ。

「貯蓄ってのは、もう犯罪に近いな」少し間を置いて体制を立て直した男が続ける。

「稼いだ金を使いもせずにしまい込む。本人は堅実なつもりではあっても、それが他人の迷惑になっていることに気づかない」

「なるほど」私は資料から顔を上げ、愛想よく微笑む。

「じゃあこういうのはどう? 稼いだお金は、みんな燃やしちゃうの。これ以上搾取しなくていいし、手元に無駄なものも増えない。環境にも優しいし、燃やしているあいだに焼き芋だってできちゃうかもね」

男はしばらく私が言ったことに関して真剣に考えている。

「燃やしたらCO2が出る。それは環境によくない」男はどこまでも真剣な顔をしている。「それよりもその金で飲みに行けば、食品ロスも減るし、CO2も出ない。そうじゃないか?」

ジーザス、この男は、真剣にそう言っているのだ。

投稿者プロフィール

ちひろ
ことば、文字、文章。
それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。

文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。
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