人間は、地球のがん細胞だ[言葉の切れ端131]

人間は、地球のがん細胞だ。

人通りの多い北口から少し歩いたところに、そう書かれた看板を持った女性が立っている。たぶんまだ十代だ。うつむき加減にビラを配っているが、誰も受け取ろうとしない。彼女から右に何メートルか離れたところでアクセサリー屋をしている男がいて、そちらのほうは小さな人だかりができている。

ぼくはわざと女性の近くを通り、ビラを受け取る。女性の反応は見ないようにして、そのまま足早にその場を立ち去った。

電車を待つホームでそのビラを開いた。

「人間は、地球のがん細胞だ。もっと早くにきちんと新陳代謝されるべきだった。今となっては、地球そのものを傷つける放射線治療か抗がん剤治療をするしかない。あと十年。それで地球は死んでしまう。がん細胞も地球も死んでしまう。多少なりとも免疫力を上げるために、熱い風呂に浸かっている場合か? 死ななくてはいけないのは、お前たちだ」

そこまで読んだところで、ぼくは思わずビラを体で隠すようにして周りを見る。幸いなことに、誰一人としてぼくのビラに注目している人はいない。
みんなそれぞれのスマートフォンに夢中なのだ。
彼女の活動は、布教ではなさそうだった。いや、まだ団体ですらないのかもしれない。

君の意見にまったく違和感はないよ、とぼくは静かに息を吐く。

でもこういうのは、やめたほうがいい。浪費でしかないから。

残念ながら、地球には人間と一緒に死んでもらわなくてはいけない。残念だけどね。
けど大丈夫。地球は宇宙の細胞で、これはただの新陳代謝なんだ。
地球という古い細胞がひとつ死に、新しい細胞に入れ替わる、それだけのこと。

だから君はもうこれ以上心を痛めることなく、あたたかい布団でゆっくりお休み。

書いた人

ちひろ
ことば、文字、文章。
それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。

文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。
そんな文字の持つ力に心躍る方がいたら、ぜひ友達になってください。
私はそんな友達を見つけるために、物書きをしているのです。

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冬に元気をなくす母親と、影の薄い善良なフィンランド人の父親を持ち、ぼくは彼らの経営する瀬戸内市の小さなリゾートホテルで暮らしていた。ある時なんの前触れもなしに、ぼくにとって唯一の友達であったソウタが姿を消した。学校に行くことをやめ、代わり映えのしない平穏な日々を過ごすぼくの生活に、少しずつ影が落ちはじめる。

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