生身の人間はもういらなくなるのか[言葉の切れ端133]

「なあ、もう、生身の人間っていらなくね?」

ケイタが一杯目のビールをぐいぐいと飲み干して、すぐさま顔を赤くしてわたしにそう言う。それは彼にしては珍しくちゃんとした意見だったので、わたしは彼が緊張してしまわないようにビールを飲んで、にっこりした。

「みんなだいたいスマホしてるじゃん。それって、例えばツイッターとかに人間のいろんなものがあるわけじゃない。それをつなぎ合わせると、たぶんヒトができるよ。システムはAIが担って、思考は呟きの切れ端をつなげたヒトが担うようになる。そうなったらさ、もう生身の人間のやることは残ってないと思わない? 呟きが閲覧者を必要としないのであれば、もう俺たちはただの有機体として、仕事もPTAもSNSもない、ただ生命をまっとうすればいいだけになるんじゃないかな。歓迎すべき側面を見れば」

惜しい、とわたしは心の中だけで呟き、彼を褒め称える言葉を考える。ちょうどいいタイミングで店員が二杯目のビールとつまみを持ってくる。

生命をまっとうする有機体であるところのわたしは、枝豆を咀嚼してビールで流し込み、代謝経路のスイッチを入れる。

人類の未来は、そう思いどおりにはいかない。

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ことば、文字、文章。 それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。 文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。 そんな文字の持つ力に心躍る方がいたら、ぜひ友達になってください。 私はそんな友達を見つけるために、物書きをしているのです。

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冬に元気をなくす母親と、影の薄い善良なフィンランド人の父親を持ち、ぼくは彼らの経営する瀬戸内市の小さなリゾートホテルで暮らしていた。ある時なんの前触れもなしに、ぼくにとって唯一の友達であったソウタが姿を消した。学校に行くことをやめ、代わり映えのしない平穏な日々を過ごすぼくの生活に、少しずつ影が落ちはじめる。

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