ありふれたりしない、恋[言葉の切れ端143]

終わらせた恋についてユウに説明しようとして、私はほとんど絶望してしまった。

私だけが経験したとくべつな恋。
愛と呼んでも差し支えない瞬間もあったかもしれない。
決して他の人には体験できない、再現性のない喜びと悲しみ。

終わらせずにいることもできたけれど、それを終わらせた私の前向きな決意。

そのすべてが、急にありふれた手垢のついたものになってしまったのだ。
私の手から離れた瞬間、私の恋はこれまで他の誰かが何万回と経験したものに成り下がった。

「大丈夫」

ユウは言葉を失った私の頭頂に口づけをし、首の後ろから手を入れる。
「恋はどれだけ出尽くしても、決してありふれたりしないよ。私たちが別々の個体である限り」

私はユウの言葉に安心して、顔を押し付けたユウのおへそからユウの中に入る。

私たちは別々の個体ではない。だからはじめからありふれているのだ。

私とユウは、そういうわけでずっと平和なのだ。

ブログ運営者

ちひろ
ことば、文字、文章。
それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。

文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。
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