僕らの世界に、まだ残っていること[言葉の切れ端147]

例えば地下鉄のことだ。

サブウェイ、メトロ、アンダーグラウンド。
どれだっていい。どれも似たようなものだ。

問題は、それぞれがほんの少しずつ違っているってこと。
おかげで僕たちは、翻訳としてどれかを選ばなくてはいけなくなる。

結果として違いはほとんどないけれど、選択は何よりも重要なんだ。悩みに悩み抜いて選ばなくてはいけない。

僕らの世界に十分に残っているのは、もうそういうことだけなんだよ。

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ことば、文字、文章。 それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。 文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。 そんな文字の持つ力に心躍る方がいたら、ぜひ友達になってください。 私はそんな友達を見つけるために、物書きをしているのです。

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できることなら、十四歳という年齢はすっとばしてしまえるのがいい。
冬に元気をなくす母親と、影の薄い善良なフィンランド人の父親を持ち、ぼくは彼らの経営する瀬戸内市の小さなリゾートホテルで暮らしていた。ある時なんの前触れもなしに、ぼくにとって唯一の友達であったソウタが姿を消した。学校に行くことをやめ、代わり映えのしない平穏な日々を過ごすぼくの生活に、少しずつ影が落ちはじめる。

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