本の特別な魔法[言葉の切れ端149]

 本をたくさん読んでいると、どういうわけか褒められた。

 ゲームをたくさんしているカズマも、お菓子を人の倍食べるユリコも褒められないのに。

 本を読んでえらいね、賢いねと言われた。

 わたしはそれにうまく答えることができなくて、曖昧に笑って隠れて本を読むようになった。わたしが読んでいるのは、勉強の本ではなかったわけだし。

 本を読む子が賢いんじゃない。今ではわかる。

 主張や描写を言葉にするためのストックを前借りしているだけなんだ。

 わたしたちはみんな、大人になるまでは日常からたくさんのことを感じていた。言葉にできなかっただけで、今よりもずっと真実に近いところにいた。本たちは、それを先回りして言葉にして教えてくれていたのだ。

 今では本の特別な魔法はほとんど溶けかかっている。それでも本たちは、わたしの大切な友人だ。

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ことば、文字、文章。 それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。 文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。 そんな文字の持つ力に心躍る方がいたら、ぜひ友達になってください。 私はそんな友達を見つけるために、物書きをしているのです。

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冬に元気をなくす母親と、影の薄い善良なフィンランド人の父親を持ち、ぼくは彼らの経営する瀬戸内市の小さなリゾートホテルで暮らしていた。ある時なんの前触れもなしに、ぼくにとって唯一の友達であったソウタが姿を消した。学校に行くことをやめ、代わり映えのしない平穏な日々を過ごすぼくの生活に、少しずつ影が落ちはじめる。

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