どのみち死んでるんだからどちらでも[言葉の切れ端207]

君が死んだところで、何の支障もない。
つらいのは気の毒だし、死ぬことでそれがいくらかなりとも緩和されるのであれば、どんどん死ぬといい。

他人の死に加担することは法で規制されているが、自分で死ぬ自由は保証されている。死者はどこまでも自由だからね。

君が何かの腹いせに死んでやろうというなら、まあ死んでみるといい。結局のところ物事は何ひとつ好転しないが、どのみち死んでるんだからどちらでもいいじゃないか。

これが、私が職場の産業カウンセラーに言われた話だ。
リスクを厭わないという点ではなかなか興味深い男だったが、言動はすべて予想の範囲内だった。

くだらない。これじゃ、普通に働いているほうがまだ楽かもしれない。

書いた人

ちひろ
ことば、文字、文章。
それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。

文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。
そんな文字の持つ力に心躍る方がいたら、ぜひ友達になってください。
私はそんな友達を見つけるために、物書きをしているのです。

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できることなら、十四歳という年齢はすっとばしてしまえるのがいい。
冬に元気をなくす母親と、影の薄い善良なフィンランド人の父親を持ち、ぼくは彼らの経営する瀬戸内市の小さなリゾートホテルで暮らしていた。ある時なんの前触れもなしに、ぼくにとって唯一の友達であったソウタが姿を消した。学校に行くことをやめ、代わり映えのしない平穏な日々を過ごすぼくの生活に、少しずつ影が落ちはじめる。

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