鈴なりの柿。秋は深まる。

気づけば10月ももうすぐ終わる。
毎年、青いうちから見守っているはずの柿。
今年は気づいた頃にはもう色づいていた。

とても長い半年だったけれど、こういう季節の移り変わりみたいなことが気づかないままに進んでいると、わたしはここに取り残されたまま、世界ばかりが先に進んでしまう気がするのです。

わたしは柿があまり好きじゃない。
体の半分が果物でできているようなものなのに、その果物でさえ選り好みする。

例えばバナナ。
例えばメロン。
例えばいちぢく。

これらのむにゅむにゅとした食感が、だめなのかもしれない。
でも、ときたま。
大丈夫なやつに出合うこともある。

それは場所のせいかもしれないし、調理法のせいかもしれないし、一緒に食べた誰かのおかげかもしれない。

気まぐれでわがままなわたしに、振り回される物たち。ひとびと。

違うよ、わたしは振り回されている。きっと。

キャパシティが狭いというのは、そういうこと。
受け容れられるものが少ないんだ。

でも、だからこそ、そのほんの少しを大切に大切にしながら、魂ぜんぶで愛しながら、生きていける。

ああ、柿の話だった。
おじいちゃんが結婚したての頃からある柿は、毎年たくさんの実をつける。
桃栗三年柿八年。
8年どころか、50年は経っている。

いつも余らせて、ゆるゆるに熟してしまう。
そんな状態の柿が好きなのは、うちの母だ。

けれども、わたしはその柿たちをこんなふうにおめかしする。
好きでない食べものでも、捨てたりするのはなんだか傲慢な気がして。
捨てるくらいなら、収穫なんてしちゃいけない気がして。

柿のカップケーキなんかを作ってみる。
柿のカップケーキのレシピ

とろとろとしたケーキは、秋の味がする。らしい。

秋の味。
それは、りんごであり、梨であり、かぼちゃであり、さつまいもであり、栗である。

あなたにとって、秋の味はなんですか?
一年中食べられるものよりも、秋だけにしか食べられないもののほうが、ずっとおいしい気がして。

柿の木の隣には、南天の実がなっている。
この実を見ると、おせち料理を思い出す。

今年は柿のカップケーキが作れるだろうか?
手の込んだおせち料理が作れるだろうか?

気が向いたら。
やらなきゃいけないわけじゃ、ないんだ。
わくわくしながら、おいしくなぁれってつぶやきながら、そうやって作る料理が、一番おいしい。
だからそうできない時は、無理しないで。

帰り道のスーパーのお惣菜だって、悪くないよ。
それが君の精神衛生上よくないってこともわかってる。
でも、僕のわがままだと思って聞いてくれないか?

ちょっぴり疲れた君が、ちょっぴり楽をして、今日は2人で散歩にでも出かけようか?
それとも家で、昼からワインを飲みながら映画を見ようか?

秋の日曜日だ。よく晴れた、でもほんの少し寒い日曜日。

かき

南天

投稿者プロフィール

ちひろ
ことば、文字、文章。
それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。

文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。
そんな文字の持つ力に心躍る方がいたら、ぜひ友達になってください。
私はそんな友達を見つけるために、物書きをしているのです。

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