北欧フィンランドから、秋の贈り物。ハロウィンという文化。

10月最後の日。
いつからだろうか、日本でもハロウィンを祝うようになったのは。

「祝う」というと、語弊があるかもしれない。
日本のそれは、誰かへの祝福や、祈りを込めたそれではない。

単に、自分たちが楽しみ、消費するためのイベント。
クリスマスも、イースターも。

日本人には、お盆がある。お正月がある。
神や先人を思い出し、伝統をなぞるには、もうそれだけで十分なのだ。

そして、輸入してきた西洋の祝日たちは、日本人の魂にとっては馴染みのないものとして、消費される。
決して悪意や皮肉を込めて言っているのではない。
人々がイベントを心から楽しみ(そしてそれらをSNSにアップし)、経済が回り、少なくない人が「そう言えばハロウィンってもともとどういう文化なんだろう?」と興味を持てば、国際交流の始まりだ。

今流行りの、「多様性(ダイバーシティ)を認めよう」って価値観にも繋がるはず。
自分の心に自由に生きられる人が増えて、世界はますます住みやすくなる。

のか??

価値観が多様化し、あちこちで慣れ合いや批判、認め合いや自立が生まれる。
生き方のステレオタイプは取り除かれつつあり、それでもまだその流れについていけない日本の社会や、その時代を生きてきた人々の間で、混乱が生じる。
争いの火種は、あちらこちらにある。

人は、「この世界でどうやって食っていくか」から、「この世界でどうやって金持ちになるか」に悩みを変え、さらに「この世界で、自分はどのように生きていくか」という選択レベルで悩むようになる。

誰もが発言権を持ち、誰もがそれに対する発言権を持っている。
価値観が多様化すればするほど、それが認められるほど、自分の価値観と合わない人が増える。そして、彼らは時に違った価値観を攻撃する。
価値観の多様化そのものが、価値観の統一を求めて争っているように見える。
人は、本能的に「異質」なものに対して警戒心を抱くらしい。
それでも、誰もが自分の心に正直に生きて、それで争いが起きようとも、今まで認められる可能性にすら思い至らず自分を殺し続けていた人が立ち上がるほうが、ずっといい。

価値観に、上下はない。

日本と海外の話に戻したい。

謙虚で、慎み深くて、自分よりも他人の幸せを祈る。
海外では、日本人をそんな風に形容することが多い。
もうそんな形容は古いのだろうか?
海外が遠くなくなった今、「日本らしさ」なんてものを語ること自体が不毛なのだろうか?

謙虚で、慎み深くて、繊細で、自分も他人も大切にできて、最近少し強くなったフィンランドの友人から、小包が届いた。
10月31日の朝。
たくさんのお菓子。
いつ届くかわからない、海外の宅配便で、ハロウィンの起こした奇蹟。

フィンランドお菓子

そう言えば、10日ほど前にメッセージをやり取りしたっけ。
ちょうどあの頃、わたしは疲れきっていた。
この一週間も、体調を崩したり、イライラしたり、謎のめまいや発汗があったり、夢見が悪く、夜に興奮して眠れなかったり、かと思ったらいきなり気持ちが悪いくらい穏やかな気持ちになったり、スーパーハイテンションになったり。
多重人格を疑うレベルで移り変わる。
ほんとうのわたしはどれなんだ。
きっと、どれもわたし。

ちょうど疲れきった時期にメッセージをやり取りしたからだろう、彼女はそれから3日後にフィンランドから愛を送ってくれた。
ずっしりと確かな重みのあるそれは、その優しさによってもう少しだけ重くなっているように感じた。

そして、それはわたしの心を軽くした。
飛行機で10時間。
ほとんど北半球の真裏にいる、大切な人。

今頃はきっと、分厚いコートとマフラーが手放せない季節だろう。
あの熱いサウナだって、毎日欠かせない。
もうひと月もしたら、赤ワインやジュースにたくさんのスパイスとレーズン、ナッツを入れたあたたかな「グロック」を飲んでクリスマスを待つのだ。
静かに。時間を味わいながら、ゆっくりと。

彼女とフィンランドのことは、昨年夏に北欧を訪れた際に書いた『引きこもりの北欧紀行』でたくさん書いたので、順次アップしていきます。

目に見えるものは目に見えない気持ちで強くなる。
受け取ったお菓子以上のあたたかさを、しあわせを、明日への力を、わたしは受け取った。

ありがとう。
日本にも、もうすぐ冬がやってきます。
からだが冷えると、こころも寒く感じてしまう気がして。
みなさん、あたたかくしてお過ごしください。

投稿者プロフィール

ちひろ
ことば、文字、文章。
それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。

文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。
そんな文字の持つ力に心躍る方がいたら、ぜひ友達になってください。
私はそんな友達を見つけるために、物書きをしているのです。

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冬に元気をなくす母親と、影の薄い善良なフィンランド人の父親を持ち、ぼくは彼らの経営する瀬戸内市の小さなリゾートホテルで暮らしていた。ある時なんの前触れもなしに、ぼくにとって唯一の友達であったソウタが姿を消した。学校に行くことをやめ、代わり映えのしない平穏な日々を過ごすぼくの生活に、少しずつ影が落ちはじめる。

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