「あの頃はよかった」と胸張って言えますか?『世界のすべての七月/ティム・オブライエン 村上春樹訳』

「あの頃はよかったなぁ」
自分が”おとな”になったと自覚する多くの人は、一度はこういう発言をしたことがあるかもしれない。

あるいは、「今が一番いい」と豪語する人だって、心の奥底ではかつて学生をしていたあの頃の自由、夢、自信、可能性に満ちたまぶしい自分を目を細めて振り返るのかもしれない。

それは、全然悪いことじゃない。
むしろ、当時の自分がそれだけ輝いた学生生活を送り、今なおその輝きを失っていないことを喜ぶべきだと思う。
思い返せば、幼い自分が犯した奔放な行動に目を塞ぎたくなるかもしれない。
それでも、「あの頃」はやっぱりキラキラ輝いている。

自分の学生生活を灰色のクレヨンで塗りつぶしてしまいたくなるほど忌み嫌っている人がいるとすれば、その人がどうかせめて「今」は前を向いて愉しく暮らしていることを願う。

「あの頃『も』よかった。今も違った意味でいいんだよ」
そんな教科書みたいな答えはいらない。
そういうことは、言葉じゃなくて、本人が胸の一番奥のところで感じていればいいんだから。

さて。
学生時代の思い出がいくら純白で正義に満ちたそれであったとしても、それで彼らが愉しく人生を送っているかどうかというのは、また別の話だ。その30年後が薄汚れ、使い古された見せかけだけの幸せで満ちていたら。

30年ぶりの同窓会で集まった、1969年卒の男女。
彼らはみな、同じ大学でわりに自由に生きていた。世界ってやつを熱く語り合い、夢を見てのびのびと生き、恋に破れ、国のために戦った。

そして卒業後、彼らは結婚し、離婚し、起業し、教会で働く。
申し分ない収入のある夫と素敵な子どもたちに恵まれた、「しあわせ」な女。
かつて将来を誓った女に裏切られ、隣国で家庭を持った男。
つまらない見栄のために、若い妻を欺き続けた肥満の男。

そして、1年と2ヶ月遅れの、30年ぶりの同窓会。
あの頃の仲間たちと顔を合わせるというのは、こんなにも懐かしくて、切ない。

私は間違っていたの?
ううん、そうするよりほかになかった。

おとなになってしまった私たちは、若い自分にこういうだろうか?
「あなたもいつかわかる。人生って難しいのよ」

自分と同じだけ、30年分歳をとった友人にこういうだろうか。
「あの頃は若かったなあ」

あらゆる可能性が見えていたあの頃の自分が、今の自分を見て、この生き方にオーケーを出すだろうか?

理不尽、挫折、平凡。

人生って、進めば進むほどつまらなくなるんだろうか?

いや、そんなことはないよ。
ここからだって、まだハッピーエンディングは夢見られる。

25歳のわたしは、この本を読んでなぜかすごく共感してしまった。
くすぐったいような、切ないような、でも希望が見えるような。

アラサーってのは、ある意味では人生の大きな舵を切るタイミングなのだろう。
可能性を捨てて、選んでいく。
まちがっているなんて、誰も言えない。

40歳、50歳になった時、その頃の自分は今の自分をどう振り返るのだろう。
彼女たちにどう見られるか、そんなことを恐れていては、何もできなくなってしまう。

わたしは25歳で、25年分の経験値と今の直感から、これからの生き方の道筋を立てていかなくちゃいけない。
それ自身をしっかり胸に抱えて、思い切り生きてやる。

ほら、わかるじゃない。戦争反対とか、私たちの外側にあったもの。私たちは世界を変革しようとしていた。でもそれでどうなったと思う? 世界が私たちを変革しちゃったのよ。そういう言い方が陳腐だってことはわかるけどさ、だからこそ余計にわびしいのよ。余計に切ないのよ。お父さんやお母さんからベビーフードみたいに詰め込まれたおきまりの金言。そういうのって真実だったってこと。 P400

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ことば、文字、文章。 それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。 文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。 そんな文字の持つ力に心躍る方がいたら、ぜひ友達になってください。 私はそんな友達を見つけるために、物書きをしているのです。

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