これは緑の大根ですか?いいえ、育ちすぎたきゅうりです。

決して比喩ではない、我が家の畑で起こったできごと。

きゅうりは、うっかり収穫のタイミングを少し逃してしまうと、こんなにも大きく育ってしまうのです。

cucumber

おわかりだろうか。
奥のスプーンと比べていただけるといいかと思う。

本当に、笑っちゃうぐらい、ただただ巨大なきゅうりだったのだ。

世の中には、スーパーに並べられるきゅうりと、そうでないきゅうりがある。

スーパーに並べられるきゅうりは、きちんと義務教育を受け、教科書をきっちりとこなし、まっすぐ素直に育つように訓練され、どれも同じ大きさになるように調節される。
出る杭は打たれるし、曲がった道に進もうとする者は、爪弾きにされる。
いい学校を出て、綺麗に積み上げられ、そうして最後はなぜか、ポテトサラダだか冷麺だかの脇役に収まる。

一方、親の方針で義務教育なんか受けずに自由奔放に育ったきゅうりたちは、実に個性豊かな育ち方をする。
一旦は道を外れるもの、やけに肌にブツブツができたもの、同じ所をぐるぐると回り続けるもの。

なかには、収穫を待たずにすぐに土に還ってしまうものもいる。
反抗期というやつだ。

しかし、愛情を欠かされることなく、見守られて大きくなったきゅうりたちは、みんな自信満々だ。

「僕はみずみずしい」
「私は甘い」
「自分は、少々背が高いですがお気になさらず」

みんながみんな、自分が主役級だと信じている。

そんなきゅうりたちは、余計な味付けや脇役を命じられると、とたんに戸惑って良さが台無しになってしまうのだ。

ばりぼりとそのままいただくのがよろしい。

The following two tabs change content below.
ことば、文字、文章。 それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。 文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。 そんな文字の持つ力に心躍る方がいたら、ぜひ友達になってください。 私はそんな友達を見つけるために、物書きをしているのです。

新刊発売中!

できることなら、十四歳という年齢はすっとばしてしまえるのがいい。
冬に元気をなくす母親と、影の薄い善良なフィンランド人の父親を持ち、ぼくは彼らの経営する瀬戸内市の小さなリゾートホテルで暮らしていた。ある時なんの前触れもなしに、ぼくにとって唯一の友達であったソウタが姿を消した。学校に行くことをやめ、代わり映えのしない平穏な日々を過ごすぼくの生活に、少しずつ影が落ちはじめる。

『レモンドロップの形をした長い前置き』
著者:田中千尋
販売形態:電子書籍のみ
販売価格:450円(※Kindle Unlimitedをご利用の方は無料で読めます)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。