100%自由であるということ

「ああ、もっと休みがあったらな」

「ああ、毎日ずっと、ケーキを食べていられたらな」

「ああ、お金が無制限に使えたら、どんなに幸せだろう」

世の中は、無数の「ああ」で溢れている。

心のどこかで「叶わない」とわかっていることを、人は願い続ける。夢を見る。

そこであなたに朗報です。

これからの人生ずっと、何でもやりたい時にやりたいことを好きなだけしていいですよ!
これホントです!!

こう言われたら、どうしますか?

「やっほい!やりたい放題だぜ!まずはブランド物買いまくって、旅行行って、昼からビール飲んで、太ったらエステで痩せて、たまにはインテリっぽく読書でもして…ああ、罰が当たりそう」

こんな声が聞こえてきそうです。

しかし、こんな夢の様な生活を手に入れる前に、あなたは同時にこんなことも知っておいたほうがいいかもしれません。

100%自由な人生を手に入れると、何もやりたくなくなる。

うっそだぁーとおっしゃる子育て中のママ、残業続きの課長さん、実際に体験させて差し上げられないのが残念です。

これは実体験から言えることなのですが、「いつでも好きな時になんでも好きなことをしていい」という事実がはらむ危険な可能性をいくつか考えてみましょう。

  • いつでも体験できることなので、「今」この瞬間に享受している幸せの満足度がとてつもなく下がる
  • 自分が自分を喜ばせるために思いつく欲望には、限界がある
  • 汗水たらして働く人のことを思うと、申し訳なくてやりきれなくなる

そう。客観的にはあまりにも幸福な状況ですが、自分の心や魂が、その幸福に慣れてしまったり、場合によっては後ろめたさを感じてうまく楽しめなくなってくるのです。
そして、自分の幸福のためにはなんでもできるという状況にもかかわらずうまく幸福になれないでいる自分に対して言い訳が効かなくなり、嫌気が差してきます。

かなりの確率で、あなたはその「世界一幸せな権利」を遅かれ早かれ自らの意志で手放すことになるでしょう。

そうして、きっとあなたはこれまで以上に勤勉に働くようになり、たまに享受できる幸福な瞬間をこれまで以上に慈しむようになることでしょう。

人は弱い生き物です。

いつも何かに不満をいうことで、その「より良い状態」の可能性に生きることで、希望を見いだせるのです。

若いうちに、この「足りないことの幸せ」を知っておくということは、あなたがこれから幸せに生きたり、なりふり構わず不平不満を言い続けることから解放されたりすることに役立つかもしれません。

あなたがあなたの中の欲を感じられるうちは、幸せだということですよ。

投稿者プロフィール

ちひろ
ことば、文字、文章。
それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。

文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。
そんな文字の持つ力に心躍る方がいたら、ぜひ友達になってください。
私はそんな友達を見つけるために、物書きをしているのです。

新刊発売中!

できることなら、十四歳という年齢はすっとばしてしまえるのがいい。
冬に元気をなくす母親と、影の薄い善良なフィンランド人の父親を持ち、ぼくは彼らの経営する瀬戸内市の小さなリゾートホテルで暮らしていた。ある時なんの前触れもなしに、ぼくにとって唯一の友達であったソウタが姿を消した。学校に行くことをやめ、代わり映えのしない平穏な日々を過ごすぼくの生活に、少しずつ影が落ちはじめる。

『レモンドロップの形をした長い前置き』
著者:田中千尋
販売形態:電子書籍のみ
販売価格:450円(※Kindle Unlimitedをご利用の方は無料で読めます)

One thought on “100%自由であるということ

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。