世界の流れについていけない者は死ぬべきか。そして金木犀。

金木犀

金木犀が、今年も咲きました。
去年も同じ金木犀だったのに、なんだか毎年感動してしまいます。

同じ映画の二度目は感動が薄れるのに、金木犀は感動が薄れません。

この時期に金木犀のことを話題にしている人を見ると、「いったいこの人たちは、このにおいにどんなことを感じるのだろう」と思うことがあります。

「におい」というのは、まったく不思議なものです。
個人的には、その国が好きになれるかどうかは、その国のにおいが好きになれるかどうかで決まる、と思っています。

加えて、日本には四季がある。四季と、そのにおい。

目で見る「景色」よりも、耳で聞く「音」よりも、からだに満ちる「におい」が、なによりもそこにあるものの本当の姿を見せてくれる気がします。

その中でも特別なのが、金木犀のにおい。

金木犀

どんなにぴりぴりして家を出ても、からだの調子が悪くても、まわりに気なんて配れないほどせかせかしていても。

そのにおいが鼻の奥にふわりと入り込み、脳をしびれさせる。
それだけで、わたしはすっかりやられてしまって、その無数のだいだい色に顔を向ける。

からだの空気を最後のひと吐きまで出し切って、思い切り金木犀のにおいだけを肺いっぱいに吸い込む。

即座に手足の爪の先、髪の毛いっぽんいっぽんまでが甘美な、官能的とも言えるにおいで満ち、わたしは一瞬のあいだ、わたしがわたしであることを忘れる。

ちょうど一年前、同じ場所でかいだのと、そっくり同じにおい。
それはわたしに色んなことを思い出させる。

妹と金木犀の香水をつくろうとして、エタノールが容器を溶かしてしまったこと。
(妹が買ったこれがあまりにもいいにおいだったのです)

においをためておきたくて、花びらをポケットいっぱいに詰めて、そのまま洗濯してしまったこと。

死んだおばあちゃんのこと。

からだの中からそのにおいが消えてしまわないように、わたしは一生懸命に息を吸う。
そして、息というのはしっかり吐かないことには吸うこともできないのだと気づく。

呼吸。
わたしたちが生まれてから死ぬまで、滞りなく、規則的に、そして無意識的に繰り返される行為。

それはあるいは、毎年決まった時期に花をつける金木犀であり、ただ生まれて子孫を残し死んでゆく、セミである。

人間のからだも、魂も、そんなふうに繰り返しているのだろう。
生まれ、生き、子孫を残し、死ぬ。

でも、人間の「文明」は、繰り返しを認めない。
前に進み続けることを、わたしたちに強いる。

世界に繰り返しなどなく、不可逆的に流れ、そのスピードは増して行く。
「進化」という名のもとに。

そして流れについてこられない者を、その裏側で淘汰する。

彼らは言う。
「変化を受け容れろ」

彼らは言う。
「人類の進化という、偉大なシステムの歯車になれ」

そして彼らは言う。
「さもなくば死ね。貴様を世の中に含むことはできない」

彼らは「彼ら」であるときに力を発揮する。
「彼ら」とはすなわち「システム」。

彼らが「彼」「彼女」になったとき、彼らは歯車になり、歯車であることを誇りに思い、歯車でありつづける人生に悩む。

進まねばならぬと自分に言い聞かせ、それが自分の信じる「進化」なのだと叱咤し、決して止まらない。

誰かに強制されずとも、彼らは止まることがない。
自分の意思で止まることはない。
そうして歯車が折れて壊れたとき、やっと止まる理由を見つける。

そのときには、もう別の誰かが人類の進化の歯車を担っている。

それが、人間なのかもしれない。
自らを高等生物と呼ぶ、わたしたちのあり方なのかもしれない。

それならば、と思う。

金木犀

なぜわたしたちは、毎日、毎年、決まって繰り返されることにこんなにも安堵を覚えるのだろう、と。

ああ、今年もわたしの知っている金木犀のにおいがする、という簡単な事実に、こうも心動かされるのだろう。

人間は、どこを目指すのだろう。
どこに行き着くのだろう。

あるいは、大きな環状の中を、だんだんとスピードを早めながら進んでいるだけなのかもしれない。

どちらでもいいのだろう。

ただ、金木犀のにおいに足を止める人がまだたくさんいる。
そういうのって、悪くないな、と思う。

投稿者プロフィール

ちひろ
ことば、文字、文章。
それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。

文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。
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