彼らのいる世界の時間が早いのか、わたしの時間が遅いのか

マイペースである。ひどく。
三人以上の人と話していると、ほとんど口を差し挟めなくなる。
家族で食卓を囲んでいると、お酒を嗜む父に次ぐ遅さ箸を口に運ぶ。
やることが多くなってくると、それに応じてスピードが落ちる。
「これとこれをやらなくてはならない」と考えるぶん、処理する情報が増えるから。
とはいえ、いつものろのろと生きているわけではない。
かちり、とピースがはまると、それなりの速さで作業をこなす面もある。
要は、他人とスピードを合わせて生活するのが不得意なのだ。
そして最近、89歳の祖父と行動をともにすることが多いせいか、自分の中に流れる時間がさらにゆったりしたような気がする。
それはつまり、外の世界で「スピードについていけない」と感じる場面が多くなったということ。
忙しいスーパーで感じた時間感覚のズレ
今日、こんなことがあった。
世間は節分に沸いている。
我が家でも恵方巻きを入手するため、近所の海鮮が安いスーパーに向かった。
祖父の歯医者のあとだったから、彼も一緒に。
案の定、駐車場は混雑している。
やっとのことで車を停め、店内へ向かう。
店の入口にうず高く積まれた黒い円柱。
上巻、うなきゅう巻、ツナサラダ巻、エビマヨ巻、とろサーモン巻、ネギトロ巻、海鮮巻と選び放題。
家族の好みに合わせてカゴに入れ、会計を済ませる。
店は大忙しで、レジには長蛇の列。
店員さんたちも殺気立っている。
買い忘れたものを取りに戻るあいだに祖父が会計を済ませようとしていたのだけれど、小銭の扱いに手間取っている。
苛立つ店員と戸惑う祖父を遠目に、レジにダッシュした。
わたしは思った。
確かに忙しいのはわかる。
もたつく高齢の祖父を急かしたいのもわかる。
けれど、そんなにつっけんどんな態度を取って、追い払うようにしなくてもいいではないか。
祖父は随分と肩身の狭い思いをしたようで、後から聞くと一人で買い物に来ていた別の高齢の女性も店員にひどい言葉を浴びせられていたのだそうだ。
誰が悪いのだろう。
誰も悪くない。
ただ、彼らのあいだに流れる時間が違ったのだ。
わたしはあわてて会計を済ませ、追い立てられるような気分で荷物を詰めて店を後にした。
どちらかというと祖父寄りの時間感覚を持って暮らしているためか、どっと疲れた。
自分を流れる時間を持つということ
あの店が特別なわけではないだろう。
今の社会、多くの企業は時間的効率化、経済的効率化を重要視している。
目も回るようなスピードでものごとを処理することが、善とされる。
では、そこについていけない人は置いてけぼりなのだろうか?
そうではない。
そうではないと、信じたい。
そんな社会は、悲しすぎるから。
歩みを緩めるなら、きっと緩めた歩みに寄り添う誰かが見つかるはず。
祖父や、もうひとりのおばあさんのように、物理的理由でスピードを緩めることを余儀なくされると、きっとまた違ったものが見えてくるのだ。
現に、二十年前はひどく短期だった祖父は、今では仙人のような人になった。
わたしは、会社をやめた今でも時おり、ひどくせかせかとした気持ちになる。
このままでは世界に取り残されてしまうと思い込み、自分が走ることのできるスピードを超えて疾走しようとする。
それは、自分の中を流れる時間を信じられていないということ。
そろそろ、勇気を出して歩みを緩めて自分の時間に寄り添ってもいいのかもしれない。
そうすればきっと、また新しい世界と伴走者に出会えるはず。
鬼も福も、大歓迎である。
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ことば、文字、文章。
それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。
文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。
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