ゴールデンウィークは、都会になんて行きたくないのです

ゴールデンウィーク

都会が好きではありません。

いや、そう言うと少し語弊があるかもしれない。

混雑していて、空気が汚くて、夜になっても明るさが減じることがなく、みんなが足早に歩き去っていく場所が、どうしても好きになれない。

たくさんの人は、たくさんの刺激や情報を脳に送り込んでくる。
もう体に抱えきれないほどに。

だから、ゴールデンウィークに都会に行くなんて、ぜんぜん楽しくなんかない。

もしがらんとしたゴールデンウィークの都会なんてものがあれば、きっとわたしは興奮して、高級ブティックのウィンドウに姿を映して歩くだろう。

でもそんなことは起こらない。

都会に人が集まり、人々がゴールデンウィークに休みを取る限り、そこは人間たちであふれかえる。

だからある種の人々にとって、ゴールデンウィークのあいだは家や、家の近所にひきこもっておくのが得策ということになる。

たとえば、片付け。

片付け

連休中、まる二日かけて、しかも家族総出で、物置の片付けをした。
家を建て替えたときに、とにかく古いものを詰め込んでしまえと、ろくすっぽ確認もせずに物置に置きっぱなしにしておいた段ボール箱がやまほどあった。

あれからおおよそ3年半。

わたしは母の会社を辞め、市役所に入り、そこを辞め、しばらくニート生活をしたあとで、また少しづつ仕事を始めている。旅行にも何度か行った。

その間、ゴミとも思い出ともつかないたくさんの物が、物置に息を潜めていたわけだ。
祖母の生きていた頃にためこんでいた、無数の食器も。

かつては、葬式や集会のたぐいは家でしていたから、どの家にも食器が店を開けるくらい常備されていた。

ほこりの積もった食器を取り出し、ゴミと必要なものを仕分け、どんどんといらないものを片付けていく。
小さい頃、おばあちゃんが冷たい緑茶をいれてくれたガラスのコップ。
学校で使った絵の具。
壊れたステレオ。
通信簿、美術の作品、参考書。
写真の中で段々と大きくなっていく自分。

懐かしいような、くすぐったいような。

捨ててしまうことでそれが消えてしまうわけでもないのに、ゴミ袋にいれられた様子をみると、どういうわけか「ああ、ここまで人生を進めてしまったんだな。もう戻れないんだな」という気持ちになる。

すっかり片付き、「現実的に必要なもの」と「わずかな思い出の品」のみが残る。
爽快感、開放感とともに、わたしの中のなにかがちくりと胸を刺す。

今日がゴールデンウィークでよかった、と思う。
日本中が、お祭り騒ぎをしている国民の祝日でよかった、と。

たとえば、スポーツジム

スポーツジム
(わたしは女です)

一週間ほど前から、スポーツジムに通っている。
知らんあいだに、12キロぐらい肥えていたのである。(びっくり)

都会的」かつ「ハイブリッド」と自らを形容するそのジムは、24時間営業。
さらに、ウォーキングマシンはインターネットにつながっていて、Youtubeとかも見れる。

とにかく、なにもかもが新しくて、しかも最先端なのだ。

ゴールデンウィークにこんなところに(失礼)来る人は少なく、中はあまり混雑していない。
ありがたい限りだ。

そこで、今日はお気に入りのクラスに参加した。
ヨガとピラティスを組み合わせ、音楽に合わせて有酸素運動的に行うクラスだそうで、これがあまりしんどすぎなくてなかなか楽しい。

おまけに、先生が美人である。
インストラクターという人種は、みな総じてシュッとしていて、清潔感があって、ハイテンションな人が多い。

アドレナリンがどばどば出ている。

そしてその先生はわたしが先週もいたことを覚えてくれていて、終わった後に「ヨガやってました?」と声を掛けてくれた。
運動にあまり自信のないわたしは、これだけで舞い上がってしまう。

Youtubeで何百回もヨガの同じ動画を見た甲斐があった。

そしてもう一度言うが、先生が美人なのである。

来週もきっと参加しようと誓い、シャワールームへ向かう。
シャワールームも大変に清潔で、新しい。

いつものようにすっぽんぽんで更衣室に戻ると、なにやらピンクのバスタオルに身を包んだ美女に声を掛けられた。

「おつかれさまでーす」

先生だった。

「あ、おつかれ、さまです」(全裸)

ゴールデンウィークはこんなふうにだって楽しめるんですよ、というお話。
残りのお休みは、インドアらしく読書や料理をして過ごそうかと思っている。

書いた人

ちひろ
ことば、文字、文章。
それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。

文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。
そんな文字の持つ力に心躍る方がいたら、ぜひ友達になってください。
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