北大の図書館とソフトクリーム。今日は雨です。

Boys, be ambitious like this old man.

1876年に札幌農学校を開き、そこで学生らに農学教育を施したというクラーク博士が、第1期生との別れ際に贈った言葉である。
(今Wikipediaで調べたところによる)

というわけで、札幌に旅行に来ている。
母の仕事の付き添いということになるのだけれど、まぁ気ままに一人でぶらぶらして、夜は家族と一緒というのは、一番すてきな旅行形態ではなかろうか。

新千歳空港に着いてすぐに食した「きのとや」のソフトクリームは、大変大変美味だった。

うず高く積まれた半凍りの高脂肪乳が、体の内と外の細胞を1つずつ刺激してゆく。
ああ、ソフトクリームとはこのような食べ物だったのだ、とはじめて知った赤子のように、無心で食べ進めた。

昨日は小樽へ赴き、やはりソフトクリームを購入する。まだ暑いとは言えない北海道だが、ソフトクリームという食べ物は季節を選ばない。
修学旅行生がぞろぞろと歩くのを見ながら、自分があちら側の人間だったちょうど10年前のことをぼんやりと考える。

たしかあの時、小樽で七段のソフトクリームを食べたのだった。
きゃあきゃあと騒ぎながら、大きな海鮮丼を食した直後にぺろりと平らげた。
今のわたしは、もう普通の大きさで満足してしまう。

今日は雨の土曜日。
朝から大粒の雨が降り続いている。

今日は遠出をするまい、と昼まで札幌駅のホテルで過ごし、徒歩圏内の北大へ赴いた。

予想よりも強い降りにいささか辟易するが、北海道大学のあの広大な並木、青々とした芝生を見て、雨に濡れた緑も、これはこれで風情があるなぁ、と思ったりもする。

土曜日にも関わらず構内は多くの学生が行き交っていて、自分がかつて大学生だったころをぼんやりと思い出させる。
あれからさほど年月が経ったわけでもなかろうに、ずいぶん遠いところまで来てしまったように感じられる。

大学生というのは、かなり特殊な身分なのだ。

それから、かつて北海道大学に通っていた親しい友の顔を思い出す。
今回の旅行に際し、札幌のカフェやパン屋、ラーメン屋などの情報をたんまりくれたグルメな友人だ。

出不精で、面倒な人間関係を嫌うわがままなわたしの、数少ない親しい友の一人である。

彼女がおそらく何度も通った図書館に立ち寄り、雑誌に掲載されている小説を流し読む。

最近の日本の小説は、怪我をした患部を直接読者に見せるようなスタイルが流行っているのだろうか。
真っ白な包帯から、その下の傷を想像したり、無慈悲な消毒薬の匂いや、不器用に結ばれた包帯に残るあたたかさを慈しむような小説が減った気がする。

情報収集の効率化が進む時代に、小説の中身も手っ取り早く伝わるものが好まれるのかもしれない。

気がついたら、午後3時前になっていた。
あれこれ文句をつけながら、結局小説を一本読み切ってしまったらしい。

腹が空いていた。
ホテルの朝食を摂ったのは、もう6時間以上前のことだ。

なんとか食堂を探し出し、休日出勤の学生たちに混じって遅い昼食を摂る。15時だというのに、食堂ではたくさんの学生が食事をしていた。

ああ、とうれしいようなくすぐったいような気持ちが蘇る。
学生のころ、わたしたちの時間はでたらめに流れていた。
目が醒めるまで眠り、朝の講義はすっぽかし、腹が減ったら食堂に集まった。
夜明けまで酒を飲んで、くだらない夢を、けれどその時はどうしようもなく信じきっていた夢を語った。
楽しくてしょうがなかった。

決まった時間に起床し、出社し、昼食さえもスケジュールが決められる生活が待ち受けていることなど知らずに。

そして大多数は、そのような学生→社会人的切り替えをうまく成し遂げる。
収まるところに収まっていく。

やたらとごまドレッシングがかかった「バンバンジー豆腐」なるものを咀嚼しながら、わたしは今ここに自分が溶け込んでいることを願う。

そしてソフトクリーム。

周りでは、わたしよりも6つも7つも歳下の彼らが、盆に満載にした食事を、特に嬉しそうにするでもなく口に運んでいる。

地図の上で見ると、食堂に来るまでに確かにそばを通って来たクラーク像を未だに見つけられないでいる。

外ではまだ雨が降り続いている。

投稿者プロフィール

ちひろ
ことば、文字、文章。
それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。

文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。
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