春がわたしたちに強いること

人にはそれぞれ、得意なものと苦手なものがあるだろう。

それとは別に、好きなものと嫌いなものもあるだろうし、心を奪われるものや怖いものもあるだろう。

たとえばわたしは、踏み切りと行き止まりがとても怖い。
それは、理屈を超えた「存在」に対して作用してくるのだ。

そしてわたしは、春が好きだ。春が好きで、少し苦手だ。

春が好きな理由は、それが冬の終わりを意味するからで、夏の始まりを意味するからだ。

冬季うつの傾向のあるわたしは、冬に極端に調子を崩す。
そういう意味では、冬が怖いかもしれない。

春が待ち遠しくてたまらない人もいれば、
花粉症の人は、きっと春があまり待ち遠しくはないだろう。

それでも、どんな人も春を通過しなくてはならない。

春はほかの季節と違って、人に何かを強いる気がする。

それは別れの切なさであるかもしれないし、

物事が変わらないのに、目に見えて前に進まなくてはいけないという焦りかもしれないし、

自分がこれまで歩んできた、遠くて逆戻りできない道のりのことかもしれない。

春は、人に「そこにとどまらせること」を許さない。

どんな状態にある人でも、季節が、人生が、世界が、間違いなくひとまわりしたんだという実感を押し付ける。

世話焼きの郵便屋さんのように、眠っていても留守にしていても、かまわずドアベルを鳴らしてゆく。

さあ、春が来たよ。
ぐずぐずしてるんじゃない、ちゃんと時のコマを進めるんだ。

「3マス戻る」なんてのは、お呼びじゃないんだよ。

なんてったって、春なんだから!
と。

そういうおせっかいなところが、少しおっくうでもあり、ありがたくもある気がするのだ。

今日から大阪はぐんと暖かくなるそうだ。

春に置いていかれないように、気を配らなくちゃ。

咲きはじめの花や、菜の花のおひたし、淡い日差し。
それからあたらしい石けんを買いましょう。

投稿者プロフィール

ちひろ
ことば、文字、文章。
それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。

文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。
そんな文字の持つ力に心躍る方がいたら、ぜひ友達になってください。
私はそんな友達を見つけるために、物書きをしているのです。

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冬に元気をなくす母親と、影の薄い善良なフィンランド人の父親を持ち、ぼくは彼らの経営する瀬戸内市の小さなリゾートホテルで暮らしていた。ある時なんの前触れもなしに、ぼくにとって唯一の友達であったソウタが姿を消した。学校に行くことをやめ、代わり映えのしない平穏な日々を過ごすぼくの生活に、少しずつ影が落ちはじめる。

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