フェラーリという名の記号を消費することについて

12月になりました。
今日からぐっと寒くなるそうで。
寒がりの私にはつらい季節です。

でも、冬は好き。
あったかいお風呂とか、みんなで囲む鍋とか、冬にしかわからない暖かさに気づかせてくれる。
そんな今日も、ヒートテックを二枚重ねて、電気毛布で太ももを乾燥させながらパソコンに向かうのです。

このところ、外出が多くなった。
ジムに通っていることも相まって、随分体力がついた気がする。
動くのが楽だ。

動くのが億劫でなくなると、まあ人にも会おうかなという気になってくる。

11月最後の日はそんなわけで、久しぶりに学生時代からの先輩とランチをしてきた。

場所はミナミ宗右衛門町のつるとんたん。

何年も前から、この先輩と食事をする時は決まってここだ。

待ち合わせの13時を18分も過ぎ、やっと先輩が店に現れた。

「遅い。」そう私がむくれると、

「ゴメンゴメン。車停める場所が見つからなくて。」
と彼は陳謝していた。

そうだった。
彼は、こんな大阪のど真ん中でも、構わず車で乗り付けるタイプの人だった。
愛車は馬鹿みたいに車体の長いフェラーリ。

決して気取ったところや、いやな感じではない、
生まれてこの方、金にも親の愛情にも困ったことのない末っ子の代表みたいな人なのだ。

私は半ば呆れつつ、松茸のたっぷり入ったうどんを無心で胃に収める。

彼はその間も、ゆっくりと箸を動かしながら、共通の知人の恋愛事情だとか、自分の不器用な恋の行方などを語っていた。
生まれて初めてこんなにもたくさん食べる松茸の味は、例えるならエリンギみたいな味がした。
昨日スーパーで88円で買ったやつ。
つくづく私というやつは、金のかけ甲斐のない女だと思う。

店が混雑していたので、食事が終わると早々に店を出る。

混雑している場所がキライな私は、先輩に車で何処かへ連れて行ってくれとせがんだ。
これでも私は、普段人と接する時は極度に気を遣う。
嫌われることを恐れて「イイ人」を演じることに意味を感じなくなった時、私は人に会わなくなった。
先輩は、その中でも私が思い切りワガママ言える人なのだ。
「奈良に行きたい。先輩帰り楽でしょ?」と、奈良に住む彼に提案する。あたかも彼の帰路を気遣うがごとく。
ズルいやつだ。

彼はドライブの間、終始車の話をしていた。
あれがフェラーリ、あれがポルシェ、あれがレガシイ、
私はほとんど興味が持てず、
「ああ、カッコいいですね」とあさっての方向を向いて相槌を打っていた。
ドライブのいいところは、聞いている方が多少上の空であっても、沈黙があっても、気まずくならずに時間を過ごせることにある。

少し早かった今年の紅葉は、もうほとんど終わっていた。
にも関わらず、奈良公園の周りはわんさか人が集まり、車を停める場所も無いほどだった。

仕方がないので、ということで彼が向かった先は、
なるほどいいデートコースだった。
若草山ドライブウェー(ウェイではなくウェーだった)と表示のあるそこは、くねくねとした紅葉のトンネル山道を車で登るコースだ。
てっぺん付近に駐車場があり、その先に展望台がある。
六甲山ほど派手ではないが、適度にロマンチックなのだ。

この日は今年最後の暖かい日と言われ、山の上もさほど寒くはなかった。

私は突如、言われもない変な気持ちに襲われた。
これは、何だ?
美味いうどんを食し、ミナミから奈良までフェラーリで乗り付け、殆ど散ってしまった紅葉のじゅうたんが綺麗な展望台にいる。
スポイルされた兄のような彼と。

もし彼のような人と一緒になったら。
と私はありもしない想像をして笑う。

私は彼の愛するフェラーリで近所のスーパーに行って、88円のエリンギをたんと買うだろう。
そうして相変わらず図書館に通い、朝食はいつだってりんごをかじるだろう。
もしかしたら、彼の金で図書館を建て、そこから出てこなくなるだろう。
金持ちの夫を持ったとしても、私はそれをうまく消費できずに、金持ちの親戚たちをやきもきさせるのだろう。

思わず笑ってしまう。

私はきっと、普通を目指したいのだ。
目立たず、それでもひもじい思いをせず、
心が裕福で、オカネもある程度には。けれど無駄な消費には興味を向けない。

きっとそんな生活が向いている。

ひとりで生きていくことになろうと、誰かと歩みを共にすることになろうと、
私は私の小さな平和を守って生きていきたい。

帰りは家まで送ってくれた。
親や兄弟からスポイルされた彼は、周りの人々に対しても甘い。
自分勝手でわがまま放題のボンボンより、よっほどいいか。

頭が休まった、良い休日だった。

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