好きなことを仕事にしないという選択

「好きなことを仕事にできたら、どんなにいいだろう」

世間では、そう言われることが多い。

果たしてそれは、事実だろうか?
つまり、万人に共通する?

否、というのが私の答えだ。

そもそも、私自身好きなことを仕事にしたいと思ってきた。

好きなことを仕事にしている人が、カッコ良かったから。

そもそもこの時点で、思考のベクトルがおかしいことに気づくべきだったのかもしれない。

幼い頃から期待をかけて育ててもらってきた。

褒められることが嬉しくて、期待にこたえることで私はアイデンティティを形成していった。

努力さえすればなんでもできる自分。

それはいつしか、「努力してもできそうにないことは避ける」という癖になっていった。
知らず知らずのうちに。

期待に応えられない自分には、価値がないから。
役に立てないから。
そんな自分を見るのは、本当に不安だった。

まるで世界からNoを言われているみたいな。

だから、私は目の前に「期待」というエサがぶら下がっていたら、それを貪るしかないのだ。

そこに選択の余地はなく、例え自らの肉体や精神が滅びていこうとも、
ただただ期待に応えるために四六時中、気にかけているのだ。

「期待に応えられる」

これは本当に甘い蜜だ。

自分が何かいい人間にでもなった気分になり、時に優越感にさえ浸れる。

自分で自分を認められないから、誰かに認めてもらうしかなくなる。

それはまるで、終わることのない達成感への飢餓だった。生き地獄だ。

時に、仕事という代物は「誰かの役に立ってその対価をもらう」ということだから、常に相手の満足を見極めることを求められる。
確かに、それは悦なのだ。

相手に喜んでもらうために力を尽くすことは、自分の喜びであるようにも思えた。

けれど、しばしばそれは違った。

お客様と自分は違う人間なのだから、その喜びのゴールが違っていて当たり前だった。

それでも、満足をできるだけ100に近づけたくて、私はうまく休めなくなっていた。

けれど。
こんな私にも好きなことができた。

誰の役にも立たない、自分を喜ばせるだけの趣味。

それは奇妙な背徳感とともに、自分を潤してくれる存在だった。

そして、これだけは誰にも口出しさせない、と思った。
私のサンクチュアリなのだ、と。

この道で誰かに認めてもらいたい、と思うと同時に、この道で媚びるのだけは嫌だ、と思った。

好きなことをしている間だけは、自分で自分を認められる。

それは誰に認めてもらうよりも、ずっと確かな安心感だった。

これは仕事にしてはいけない、と思った。
少なくとも、これで食べていってはいけない、と。

私はまた、誰かに媚びだすだろうから。

そうすると、きっと楽しんでそれをしている時のキラキラした自分は消えてしまう。

だから。
だから私はこの平和を守るために、そのために生きることにした。

できるだけ私個人への期待が少なそうなところで、
誰にも文句を言われないだけの仕事をして稼ぐ。

そうして、このささやかな休日を、自分だけのためにとっておく。

自分のために生きる人生は虚しい、という人もいるけれど、

自分以外のその他大勢の満足を満たすために、自分をすり減らして生きるほうがよほど虚しい。

私はそう思った。

どうせ、自分などという存在は
広大な宇宙の中の、たった一つの銀河の中の、ささやかな太陽系の、ゴマみたいな地球の、塵みたいな日本の、ミジンコみたいな一人の人間なのだ。

私が自分勝手に自由気ままに生きたからといって、一体誰が迷惑を被ることがあろうか?
何も、四六時中好き勝手するわけではない。

同じようなミジンコ仲間たちと共同生活をする上でのルールは守った上で、頭のなかだけ宇宙旅行に行ったって罪にはなるまい。

そうして今日も「適度に」期待に応えて生きていくのだ。

投稿者プロフィール

ちひろ
ことば、文字、文章。
それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。

文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。
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