リスクヘッジが隅から隅まで施されたネットのつぶやき

たとえば。

たとえばたとえばたとえば。

個人が考えて言葉や行動にするものは、どれだけ一般論にしようとしたところで「たとえば」を抜けられない。

そして公の前で、人々はリスクヘッジをする。

「あくまで私のケースですが」と。「すべての人に当てはまるわけではないですが、こういうケースも知ってもらいたくて」と。

リスクヘッジが隅から隅まで施された文章に、果たして読む価値はあるのか?

完全なリスクヘッジに成功したつぶやきには、批判的なリプライはつかない。
そしてそういう類のつぶやきは、鳥肌が立つほどつまらないのだ。

ところで、リスクヘッジの施された言葉を発することを生業としている人たちがいる。
ネットなんてものが始まる前から、彼らは批判を何よりも恐れ、消去法的に支持される術を身につけてきた。

そして今。
誰も彼もが政治家になってしまった。

投稿者プロフィール

ちひろ
ことば、文字、文章。
それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。

文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。
そんな文字の持つ力に心躍る方がいたら、ぜひ友達になってください。
私はそんな友達を見つけるために、物書きをしているのです。

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