自分探しの旅

「自分探しの旅に行ってきます☆」
そう言って海外に遊びに行く様子をSNSに投稿する人々を見て、にやりとしてしまう意地の悪い人間です。

自分探しの旅――。
よくよく考えてみると、ひどく奇妙な響きだとは思いませんか。

「ジブン」という不確定な(しかし多くの人はそれを確定済みの理想的な偶像と信じている)、どこか遠くの未来にある真実の自分を見つけようとし、人は旅に出る。

確かに、旅はいい。
一人になり、自分の頭や体と対話することが増える。

そして、そのことで自分が大切にしていることや、今後の生き方が見えることもあるのかもしれない。

しかし、それはあくまで旅の結果であるべきで、目的にはなりえないのではないか、とわたしは思う。

「ジブン」という衣装を着た何かがどこかに転がってはいまいかと目を皿のようにして、世界を渡り歩くだけで得られる自分を、彼らは本当に求めているのだろうか。
それはあるいは、「井の中の蛙」で収まらない自分を慰め、それを人々に認めてもらいたいのだろうか。

そんなことよりも、海外でも、日本の中でも、あるいは図書館にある無限の書籍の中にも、自分の知らない世界は広がり、立ち止まって考えたり対話のできる環境はあるのではないかと思う。

「海外に行く」というステータスを消費する文化が、あまりにステレオタイプ化されすぎてはいまいか。
それにとどまらず、なにもかもが、本当にあらゆることが画一化される傾向になってはいないか。思考でさえ。

多様な文化。
ほんとうだろうか。
見せかけのバリエーションに、踊らされてはいまいか。

そんなものをいくら並べ立てたところで、自分自身に達することなどできはしないだろうに。

けれど、人間は弱い。

だから、頼りたいのだ。
金が頼りないなら、自分の周りを固めていくしかない。
自分で認められないなら、他人に賞賛してもらうしかない。

そんな風にめまぐるしく過ぎる日々に、人はふと自分を見失っていることに気づく。
しかし、すぐに安堵する。
本当の自分は、ここではないとこかに転がっているのだ。
その可能性に生きようとする。
辛くなったら、少し休めばいいのだ。そうして、そのどこかに転がっている自分を探しに行けばいいのだ。

見つからなくてもいい。いや、見つからない方がいい。
本当の自分に幻滅するのが怖いから。

いや、本当の自分なんてものは、どこにも転がっておらず、「今ここにいる己」しか確かなものはないのだと気づきたくないから。

そんな弱さも、ぜんぶひっくるめて。

ブログ運営者

ちひろ
ことば、文字、文章。
それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。

文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。
そんな文字の持つ力に心躍る方がいたら、ぜひ友達になってください。
私はそんな友達を見つけるために、物書きをしているのです。

新刊発売中!

できることなら、十四歳という年齢はすっとばしてしまえるのがいい。
冬に元気をなくす母親と、影の薄い善良なフィンランド人の父親を持ち、ぼくは彼らの経営する瀬戸内市の小さなリゾートホテルで暮らしていた。ある時なんの前触れもなしに、ぼくにとって唯一の友達であったソウタが姿を消した。学校に行くことをやめ、代わり映えのしない平穏な日々を過ごすぼくの生活に、少しずつ影が落ちはじめる。

『レモンドロップの形をした長い前置き』
著者:田中千尋
販売形態:電子書籍、ペーパーバック(紙の書籍でお届け。POD=プリントオンデマンドを利用)
販売価格:電子書籍450円(※Kindle Unlimitedをご利用の方は無料で読めます)、ペーパーバック2,420円

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。