すっかり狭くなった世界で感じること

ゴールデンウィークに、フィンランドの友人が遊びに来ていた。
学生時代に、二度ホームステイさせてもらった人。
出会いはFacebookでメッセージをもらったこと。

こんな風に、人と人とが出会う時代なのだ。

留学中、確かにホームシックになった。
オンラインでは物足りない、人の温もりが恋しくなった。

けれどそれは、オンラインに慣らされた現代っ子の甘えや弱さとも言えるのかもしれない。

友人が知りたがって、わたしの母の学生時代の話になった。
母は、まだ円が1ドル=250円の頃に、一人で2ヶ月間ヨーロッパに行った。

インターネットなんて当然無く、宿や交通手段の予約なんかも全てアナログ。
旅のお供は『地球の歩き方』だけ。
恋人(現在の父)とのやり取りは、手紙かやけに高い国際電話のみ。
国際電話だって、つながる保証はどこにもない。

こんな状況で、わたしならとてもじゃないが旅行できない。
ホテルにWi-Fiがあり、いつでも情報が検索できる状態じゃないなんて、考えただけでも恐ろしい。

「当時はそれが当たり前だったから」
さらりと母は言う。
それだけで、人はこんなにも無謀に、いや勇敢になれるものだろうか。

ケンブリッジで過ごした一ヶ月間。
もうこの先二度と会うことはないであろう友人たちとの別れ。
それは、どんなふうなのだろう。

今の時代、別れてから10秒後にはLINEでメッセージが送り合える。
時に対面よりも素直な気持ちで、会話を繰り広げられる。
それは、わたしたちから「寂しさ」を取り去ったのだろうか。

それとも、会っている瞬間の愛おしさをも取り去ったのだろうか。
わたしたちは、なんだかいつも寂しい。
少なくともわたしは、そんなふうに感じてしまう。

この狭くなった世の中で。
いつでも繋がれる、だから繋がることが特別ではないこの世界で。

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小豆島より

投稿者プロフィール

ちひろ
ことば、文字、文章。
それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。

文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。
そんな文字の持つ力に心躍る方がいたら、ぜひ友達になってください。
私はそんな友達を見つけるために、物書きをしているのです。

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できることなら、十四歳という年齢はすっとばしてしまえるのがいい。
冬に元気をなくす母親と、影の薄い善良なフィンランド人の父親を持ち、ぼくは彼らの経営する瀬戸内市の小さなリゾートホテルで暮らしていた。ある時なんの前触れもなしに、ぼくにとって唯一の友達であったソウタが姿を消した。学校に行くことをやめ、代わり映えのしない平穏な日々を過ごすぼくの生活に、少しずつ影が落ちはじめる。

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