適応障害?抑うつ?内向型?自分を伝えるということ。

激動の一週間を過ごしました。

薬の効果(現在、気分安定剤と向精神薬を服用中)が薄れてきたのか、やけに考えてしまう。
ぼーっとしていたり、眠っていたりできている時は楽だけれど、頭が冴えるとわたしは常に考え事をしている。
ぐるぐるぐるぐる。
そして、今はろくなことを考えないな。

感情が動くと、泣いてしまう。
毎日のように、ふとしたきっかけで涙があふれてしまう。
とまらない。
どうして悲しくなるのか、自分でもわからない。

本を読んでも、文章を書いても楽しくない。
好きなことが、楽しめない。
本当は好きじゃないんだろうか。
仕事を辞めて、作家になってやるんだなんて、そこまで好きじゃないんだろうか。
そもそも、こんなふうに逃げるようにして仕事を辞めた人間が書く文章は、きっと強くない。深くない。

考えすぎて、頭の動きに心と体がついていっていないから、できるだけ考えないように、簡単なゲームをして一日を潰す。
潰す。
そう、時間をただ潰す。

わたしは、生きているんだろうか。
感情を殺すということに、恐ろしさを覚えた。
感情の波が激しいことが悩みで、凪のように生きたいと思っていた。
けれど、楽しいことも、悲しいことも、怒ることも、人間が人間として生きていく上ではこんなにも必要なんだ。
涙がこぼれないように、必死で感情を止めるために、好きでもないゲームをただこなす時間は、本当に地獄だった。

きっかけは水曜日だった。
前日に上司から「明日気晴らしに話そうか」と連絡をもらっていた。
けれど、起き上がれる自信がなかった。
外に出る自信も。

けれど、水曜日の朝はやけに気分がよかった。
こういうことが、たまに起こる。
「あれ、なんだか今日はなんでもできそうな気がする」という日。

早速上司に連絡し、練習がてら会社まで行ってみることにした。
スーツを着て、3週間ぶりに化粧をして、自転車を漕いで。
会社前の図書館で、上司2人に呼び止められた。
ここまで出てきてくれていたらしい。

図書館。わたしの聖地。

なんでも、ここの3階に展望庭園があるらしい。(知らなかった!)
飲み物を買ってもらい、3人でゆっくり話す。
わたしのペースに合わせて、ゆっくり話してくれる。

2人の優しさに、またもびっくりしてしまった。
これまで、わたしの話をここまで聞いてくれる大人はいただろうか。
いや、わたしが伝えようとしていなかったのかもしれない。
「こうあるべき」という自分の姿を作りすぎて、勝手に無理をしていたのかもしれない。

2人は、わたしと対照的な性格だ。
それでも、理解しようと耳を傾け、考え方の違いがおもしろいと笑ってくれた。
決して、決して否定をしなかった。

そして、わたしの気持ちを再優先してくれて、復帰できるなら、その日起きた体調で来るかどうかを決めていい。
そう言ってくれた。
仕事なのに。
シビアなはずなのに。

そんな風に言ってくれる2人と話していると、心が溶けていった。
わたしは許されている、と感じた。
この人たちは怖い人たちじゃない。
あまりにも自分自身で壁を作りすぎていたこと、思い込みすぎていたことに笑いすらこみ上げてきた。

勇気を出して、自分の本音、自分のことをちゃんと伝えた。
そうしないと、また作ってしまう。自分を。
長い時間一緒にいるメンバーに、作り物の自分を見せ続けられるほど、わたしは器用じゃない。

・内向型のこと
・一人の時間が人よりも必要なこと
・わたしにとっては楽しい飲み会や雑談は電池を食う、一人になれると充電できること
・密かに作家になりたいこと
・考えすぎてしまうけれど、考えるのは好きなこと

全部ぜんぶ、受け入れてくれた。
あまり長く考えすぎず、いつでも辞めていいんだから、今辞めなくてもいいかなくらいの気持ちで来たら楽なんじゃないかとまで言ってくれた。

その日のテンションも手伝って、「戻れるかも」という気持ちが芽生えていった。

せっかくだから、ということで職場にも顔を出した。
ちょうどお昼休みが始まったところで、上司や先輩たちが順番に話しに来てくれた。

みんな、全然怒っていなかった。
わたしのせいで、仕事が大変なはずなのに。
笑って、口に海苔と米粒をつけていた。
久しぶりに、ちゃんと笑えた気がした。

嬉しくなって、同期を呼んだ。
しんどい期間に、話を聞いてくれた人。
私よりも6つも歳下なのに、大人びている。
ありがとうを言いたかった。

家族も、上司も、同期も、このブログを見て連絡をくれた大切な友達も、みんなありがとう。
ほんとうに、ありがとう。
ちょっとずつ、頑張ってみます。
「すごいことをしているジブン」じゃなくて、「ちゃんとジブン」を心から楽しんで生きられるように。

投稿者プロフィール

ちひろ
ことば、文字、文章。
それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。

文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。
そんな文字の持つ力に心躍る方がいたら、ぜひ友達になってください。
私はそんな友達を見つけるために、物書きをしているのです。

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冬に元気をなくす母親と、影の薄い善良なフィンランド人の父親を持ち、ぼくは彼らの経営する瀬戸内市の小さなリゾートホテルで暮らしていた。ある時なんの前触れもなしに、ぼくにとって唯一の友達であったソウタが姿を消した。学校に行くことをやめ、代わり映えのしない平穏な日々を過ごすぼくの生活に、少しずつ影が落ちはじめる。

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