誰かの気持ちに寄り添える人になるために

「人生には、つらいことはあるもんだ」
「つらい経験も、人生には必要なんだ」
「振り返ってみて初めて、その経験が生きてくるんだ」

こんな風に、知った風にアドバイスしてくる人があまり好きではなかった。
特に、自分がすごくすごくしんどい時。

これが永遠に続くわけではないとわかっていても、いや、永遠に続くのかもしれないと恐れながらも。
「今」という地獄を生きぬくのが本当につらくて、でも、「もっと惨憺たる状況の人もいるんだ、自分は恵まれているんだ、なのに」と、自分を責めている時。

もう、そんな客観的状況の考察やアドバイスなんて何の役にも立たないくらい、絶対的に自分ってやつを好きになれない時。
世界に見放されたような気持ちになる時。
あるいは、報われない世界に絶望する時。

そこから光を見出すのは、自分自身にしかできない。

けれど、少しだけ顔を上げてみると、あたりにはたくさんの花が咲いていて、歩くべき道がある。
手を伸ばせば、果実で喉を潤すこともできる。
うんと顔を上げると、星がきらめいていた。
暗い夜のずっとずっと向こうには、ちゃんと光がある。

それでもまた、首が痛くなって下を向いてしまうかもしれない。
たぶん、それでもいい。

じっとうずくまって、時が過ぎるのを耐えることだって、そんなことでさえつらい時もあるんだから。

そうやってなんとか夜をやり過ごすと、朝日が君の背中を温めだす。
「新しい一日が始まった。また、歩けるかもしれない。少しなら」

君はそう思えるはずだ。わたしは信じている。おぶってはあげられないけれど、手を引くことはできるかもしれない。

そうやって夜をやり過ごした君は、「闇」を知った人物になる。
闇の中でもがき苦しむ人に光を見せるのは、「光」を知る人ではない。
「光」と「闇」をどちらも深く知る人なんだと思う。

もう何もかも嫌になった時。
やめてしまってもいい。
逃げてしまってもいい。

けれど、自分の底の底にある闇だけは、目を逸らさないで。
それはきっと、君自身を救う光に気づかせてくれ、まだ夜の中にいる人を照らすことのできる唯一の光になる。

「共感」

それは、やっぱり経験したことのある人から出たものしか、成し得ないことなのだ。
学問でも理屈でもなく、にじみ出るものなのだ。
だから。
つらさや悲しみ、怒り、絶望、諦め、猜疑、不信、嫌悪。

そういう気持ちを感じてしまうことを否定することはない。
それは、君自身を深くする。

そんな気持ちを感じることなく大人になってしまった人にはできない、共感を生む人になれる。

だからどうか、なんとか夜をやり過ごして。

そんな風に考えてみると、案外事態はそれほど深刻ではないのかもしれない。

そういう期間のことを、妹は「人生の修行期間」と呼ぶ。

闇を見て、くぐり抜けてきた人は、本当に深いのだ。

投稿者プロフィール

ちひろ
ことば、文字、文章。
それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。

文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。
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