【長編小説】『空色806』第2章(3)「思考は再開されなくてはならない」(朔 二十七歳)

空色806

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【長編小説】『空色806』概要・目次(作:陽月深尋)

 どうして? きっと、これまで生きた二十七年間の人生に感じてきた、どこかしらばく然としたうそもののような感覚が芽を出してきたのだろう。誰しもが自分自身にそうした実態のなさを感じているものだと言い聞かせ、目をつむってきたこと。

始めの十年くらいのことはほとんど記憶にないけれど、少なくとも物心がついた頃からは、自分で自分の人生を選んで作ってきたつもりだった。

 幼い頃から、習い事を進んでこなしてきた。水泳に習字に、英会話。

指がないために楽器には手を出せなかったけれど、劣等感を感じたことはなかった。人よりも多くのものを持っていたかったし、お母さんが褒めてくれるのが嬉しかった。
あまりにも多くの友人がぼんやりと少年時代を過ごしていたし、彼らに秀でることは容易いことだった。少しだけ、真面目であればよかったのだ。そういう意味で、その頃の朔の住む世界のシステムは単純だった。評価の対象が、とてもわかりやすかったのだ。

 高校生の頃は塾に通い詰め、天才的とはいえないけれど、中堅以上の大学に入った。
本当のことを言えば結構苦労はしたけれど、キャラに合っていなかったから平気なふうを装った。大学に入れば、少しは気の合う人が見つかると思っていたのに、やはり同じふうに考えもなしに生きている人ばかりだった。口だけは上手く、偉ぶりたがる人が増えた気がした。

 朔はその頃、ほとんど幻滅しかけたが、まだ絶望はしていなかった。大学には、まだ朔が目指すに値するように思われた目標がいくつか存在していた。
少なくとも、その目標には母親をはじめ、世間の評価を十分に得られそうなポイントがいくつか残っているように見えた。

 朔は、貪るように目標を立てた。彼女にとって何よりも怖いのは、目指すべき目標がなくなってしまうことだった。しかもその目標は、いつも人々から賞賛されるようなものでなければならなかった。朔が大学生のうちは、それはまだ比較的、有効に働いているように見えた。自分よりほんの少し背伸びした人と付き合い、大人の格好をしてキャンパスを歩いた。未来への道は、幾重にも伸び広がっていたし、その中から何でも好きなものを選べるのだという自負があった。

 優越感。

朔は人よりもたくさん持つことによってその感覚を味わい、自分を安心させていた。自分の努力によって、人々を相対的に下に置くことで、自らを安心させた。それでも、そんな様子が周りに伝わってしまわないように、朔は細心の注意を払った。おかげで周りの人々は、朔を謙虚で明るい努力家だと評価したし、実際にそれは朔を満足させるものだった。

 わたしは、目標という名の悪魔の奴隷かもしれない。
そう気付いたのは、社会に出て働き出して少ししてからのことだった。いつまでも終わることのない労働と、その対価としてもらえる小さな飴を期待する循環から、自分自身が抜け出せないのだ。確固たる意志をもってすれば、その歯車から足を降ろすことができたのかもしれない。
けれど、それは朔にとってはほとんど足を踏み外すことだった。いくつももらった内定からこの会社に入った時、朔は少しだけ後悔した。もしかしたら、自分は別の会社に行ったほうが良かったのかもしれない、その方がもっといろいろなものを持てたのかもしれない。そんなふうに思えた。それでも、安定感や働きやすさ、社員の人柄や給料なんかをグラフにしてみると、やっぱりここが一番よかった。本当に慎重に決めたのだ。

 けれど、いざ働き出してみると、ここでは自分の持つ力が十分に発揮できないのではないかという気がしてきた。ある程度は何でもこなせてしまうために、物足りなく感じる時もあった。ここで働くことは、わたしがもっと「持つ」人になるために役に立つのだろうか。ほかのところで働く同級生は、もっと責任のあるポストでめきめきと成長しているのではないか。

 それに、会社という場所は、目標が立てにくかった。学生時代までのように、「誰もが向かうべき方向性」というものがない。道路に太い矢印が描いてあって、その上を矢印の方向にがむしゃらに走ればいいという制度は終わってしまった。プロジェクトの予算を考慮して、取引先のオジサンの顔色を伺い、上司の無茶ぶりに笑顔を振りまきながら、世界中でできるだけ多くの人が買いたくなるような商品を考えねばならなかった。

 そこに、「わたし」という個人の目標は不在だった。むしろ、不必要とさえ言えた。

 四方八方の要求は時に矛盾し、朔を混乱させた。誰かの要求に完璧に応えても、必ずどこかから不満が出た。こんなことは、初めてだった。それは、自己を持たない優等生が犯し続けていた罪を待ち構えていた罰だったのかもしれない。

 中でも、天井が見えたことは一番恐ろしいことのひとつだった。この会社に入り、文房具を作る毎日は、いくら努力しても、出世しても、朔の将来を「見えるもの」にしてしまった。もう、あの頃のように「やろうと思えばなんだってできる」朔はいなくなった。朔に残ったのは、嫌いではないけれど好きかどうかもわからない文房具の山だけだった。

 それから朔は、ぎゅっと目をつむって生きてきた。これが大人になるということなのだと自らに言い聞かせ、週末には時間をかけてたっぷりの朝食を作り、自分自身を確かめるように食べた。それなりに趣味もあった。それでも、自信はなくなっていく一方だった。自分の人生は、あらかじめ誰かに決定されたもので、今まで何一つ選んでなど来なかったのではないかという、抗いがたい疑問がそこにあった。
では、自分の生きている人生とは、一体何なのだろうという思いが頭を巡った。わたしがわたしである理由は、どこにあるのだろう。この世界で確かなものなど、存在するのだろうか。わたしも、隣にいるこの人も、手に握る文房具も、毎日乗る日野川線の電車も、誰も存在を疑わない国家でさえも、何もかもが夢を見ているみたいに思えた。そうして、他の人々はここまで深く考えて生きていないだろう、という奇妙な優越感を感じ始める自分に、苦笑するのだった。

 確かに、わたしは母の言うとおり少しばかり精神的に病んでいるのかもしれない、と朔は思った。とにもかくにも、自分には徹底的に思考をする時間が必要なのだ。そうしてじっと何かを見据え続けることで、この二十七年間失われ続け、すり減らし続けてきたものの「しるし」みたいなものを見つけられるはずだった。それがモノなのか、人なのか、目に見えないものなのかはわからなかったが、まず手始めに鳥の人に会う必要があった。

 そう、鳥の人。
 今目の前に現れたその人を見て、どうして今まで忘れていたのだろうと朔は疑問に思ったほどだった。その日、朔は図書館に来ていた。

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第3章(1)「王の決断と奪われた音楽」(王 四十七歳)

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