【長編小説】『空色806』第6章(2)「暫定的役割としての王と小さな城」(王四十七歳 朔二十七歳)

空色806

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【長編小説】『空色806』概要・目次(作:陽月深尋)

 幼い頃、『アラジン』の映画が大好きだった。特に、豪華絢爛なお城のシーンへの憧れは、未だ色褪せることがない。大小様々な大きさの円柱型の建物、その一つひとつに乗っかっている、金色のまあるい卵。入り口に伸びる長い長い階段、うんと見上げなければその境界線がわからないくらい高い天井、住んでいる人のわりにやたらと数の多い部屋、朔の家が三つは入ってしまいそうなバルコニー。うっとりするような噴水までの道のりと、手入れの行き届いた花壇が並ぶ庭。わたしにとって「城」とはそういうものだった。

 「トラリア城へ、ようこそ」

 そうルカが紹介した建物は、どう贔屓目に見てもアラジンの城には見えなかった。どちらかというと、『三匹の子ぶた』に出てくる三番目の子ぶたが建てたレンガ造りの家をそのまま大きくしたような感じ。造りだけは頑丈そうだ。城を取り囲む大きな堀だけが、唯一その城が島にある他の建物とは違った存在であることをかろうじて示している。

 城の敷地には、三つの建物が建っていた。ルカは城のことを一つひとつ丁寧に説明してくれ、朔はまるで自分が観光客にでもなったような気分を味わった。

 「中央の一番大きな四角柱の建物が城で、左奥に見えるのが書類倉庫、右手前の高い塔が我々鳥一族の住む塔です」

 「お城って、家来が千人はいて、門番兵が入り口に立っていて、入り口に辿り着くまでに三百段は階段を登るものだと思っていた」

 「トラリアでは、王もあくまで国民の一人に過ぎません。良い組織とは、その時々の運と、適材適所、腹を割った人間関係で達成されます。それさえうまくいけば、目に見える形はそれほど重視されないのです。もちろん、誰でも王になれるというわけではありませんが」

 城は小さなレンガを無数に積み上げて形作られていた。よく見ると、奇妙にいびつな石がいくつも重なり合っているところや、表面の赤レンガが剥がれて中の石が剥き出しになっているところもあった。これらが全て手作業で行われ、長い年月の間微妙なバランスを保ち続けていることに、畏れに似た感情が沸き上がってくるのを感じた。朔は、このレンガががらがらと音を立てて崩れるところを想像する。てっぺんに乗っかっている三角帽の形をした瓦のような石がどっと一気に雪崩れ落ち、ぺりぺりとさかむけを剥いでいくように、下のレンガがひとつずつ剥がれる。あらわになった城の内部は、そこでどのようにして城としてのアイデンティティを保つのだろう。

 「ルカ、今日は配達ないの?」朔の左側から、ポニーテールの少女が姿を現し、朔の思考は打ち切られる。

 「ああ、レベッカ様。今日は他の者たちで回せるほどの量なのです。それより、今日からこの城の清掃係として一緒に過ごしてもらうことになる、朔です。後で王様たちにもご紹介します」

 「よろしく……お願いします」と、朔はちらと彼女に対して既視感を覚えつつ、年下の雇い主に対する態度を図りかねながら頭を申し訳程度に下げる。レベッカと呼ばれたその少女は、ほとんど隙間のないようなぴっちりとしたズボンと、ふくらはぎがすっぽり隠れるブーツを身につけていた。チェック柄の半袖シャツからは、先ほどのきのこの店にいた女性のようによく日焼けした腕が覗いている。一瞬はっとしたような表情をした後、少女はすぐによく躾(しつけ)された愛想のいい笑顔を浮かべた。

 「今、射的の練習をしていたの。これから部屋に戻って、読書の続きをするわ。サク、城はほかの家よりも大きくて、とてもあたしたちだけじゃ掃除に手が回っていなかったの。助かります」

 そう言って、レベッカと呼ばれた少女は行儀よく頭を下げて行ってしまった。お辞儀をするときにぴょこんと揺れたポニーテールは、本当に言葉通り、よく手入れされた、栄養状態の良い馬の尾を思わせた。

 それから朔とルカは、敷地の入り口から蛇行して伸びる遊歩道を辿って行った。城壁もない、堀には常時橋がかけられている、それに門番兵もいない。この城は、「敵」という存在を全く意識していないように見える。目が醒めるほど濃い青空に、城のレンガの赤色がよく映えている。ここは地上より高度が高く、より宇宙の闇に近いところに色の目盛りが設定されている。その分、より青色が濃く見えるのだろう。遮られるものがない太陽の光も、あたりの明度を二つほど上げていた。

 あまりに牧歌的な風景と体に感じるぽかぽかとした雰囲気に平和ぼけしそうになっていた時、城の入口の方から、がちゃり、がちゃり、と金属の触れ合う音が耳に届いた。

 「今日は久しぶりに1番を使ったな。僕の記憶では、王様が四十三歳になられた年の八月十三日ぶりだ。どんな球もホームランになっちゃうくらいの、すかっとした青空だ。塗り甲斐があるってものだ。白樺たちも、嬉しいだろうさ」

 「おかげで塗り過ぎちまってバケツの塗料がすっかり空だ。ルルさん、天気が変わらねえうちに、空の色をまた溜めといてくださいな。あれだけは、おれたちにはできねえ仕事だから」

 見ると、空が落っこちて来たのかと見まがうほどの、真っ青なペンキのような液体をからだ中に付けた人たちが、腰にバケツを巻き付けてぞろぞろと歩いていた。

 「あれはルルとその仕事仲間たちです」とルカは視線をルルに向けたまま教えてくれる。

 「ルルはちゃんと自分の居場所を見つけた。そばにいる仲間たちも、村で他の連中にうまく馴染めずにいたやつばかりです。今じゃ、トラリア中のヒーローたちですよ」

 ふっと、ルルと視線が交差する。ルカを見ているのか、よそ者の朔を見ているのか。いずれにせよ、彼はばつが悪そうにすっと視線を背け、右奥の背の高い塔に入っていった。

 「さて」

 ぱちり、と電源が入ったように、ルカの表情が引き締まる。

 「我々も行きましょう。王様がいらっしゃるのは、真ん中の建物です」

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第6章(3)「暫定的役割としての王と小さな城」(王四十七歳 朔二十七歳)

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