【長編小説】『空色806』第14章(8)「歴史の短針を進めるべき時が来た」

空色806

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【長編小説】『空色806』概要・目次(作:陽月深尋)

 朔は一人で城の外に出て、あの日スズが行方不明になったリネン畑に行こうと決めた。今日のうちに。怖くなってしまわないうちに。自分が決断するわけではないのに、誰よりも当事者であるのは自分なのだという事実から、少し離れたかった。いや、わたしはあるいは決断できる立場にもいるのだ。知らない土地に住む人々の運命を変えてしまいかねない自分の可能性は、二十七年それなりに重ねてきた経験も何の役にも立たないほど重たいものだった。二十七歳って、もっと大人だと思っていた。お母さんがわたしを産んだ歳。正しいことは何かってことを、何でも知っている年齢だと思っていた。何が正しくて、何が正しくなくて、そもそも正しいなんてことがあると思うことが正しくないのかもしれない。そんなふうに考えだすと、もう出口は見えなくなるのだった。

 やっぱり王様は大変だ、と思う。正解のない世界で、それでも毎日選んでいかなきゃいけないんだから。たくさんの人を巻き込んでしまうような、大きな選択を。

 天候は相変わらず良好だった。朝一番に国中の白樺を3206の色に塗り替えたルルは、午前のうちにその色をすっかり塗り替えてしまわなければならなかった。私の仕事は医者みたいなものです、とルルは言っていた。

 「この国を守るために、我々は年中無休なんです。とはいえ、太陽が沈んでいる間は休める分、医者よりも楽でしょうね」そう胸を張って話すルルは、心底この仕事を誇っている様子だった。そして、初めこそ無愛想に思えた彼も、ぽつりぽつりと話すうちに、繊細で気のいい人なのだとわかった。だから、朔にはルカがルルのためにあの演奏を再現させようとしたことが、未だに理解できなかった。それとも、新参者の朔にはわからないような闇や溝が存在しているのだろうか、どちらもが心優しいがゆえに、お互いとうまく付き合えないでいるあの従兄弟たちのあいだには。

 七月の空は、特別に青色が濃い。ここが地上より少しだけ宇宙に近いせいかもしれないけれど、それでも朔がここに来た頃よりも、空の色が濃くなっていた。それはまさに、ペンキをぶちまけたみたいに、自然の中に住む不自然な感じさえあった。足を止めて、空に手をかざしてみる。太陽の光を浴びて、朔の腕は影になった。朔は目を細めて、自分の腕がこの空色にじんわり溶け込んでいく様子を見つめていた。夏のにおいは、なんだか胸がどきどきする。あたりは緑がたくさんで、動物も元気に走り回って、希望の光でいっぱいに見えるのに、どれだけ吸い込んでも、このきらきらしたにおいだけは閉じ込めていられなかった。吸った分と同じだけ、体から出て行ってしまう。だから、からだ全体で夏を味わっておく必要があった。うんと太陽を浴びて、びっしょりと汗をかいて、しっかり日焼けをするのだ。

 わたしは日本で一年中かたかたとパソコンを打ち続けていた時には、こんなことは感じなかった。気づけば桜は散って新入社員がばたばたとオフィスをかき乱し、ついに気温が四十度を超えたというニュースをスマホで見ながら、肌寒くさえ感じるほどの冷房の中でそうめんを食べた夏の記憶だけが残り、そう言えば今年も京戸の紅葉を見に行けなかったなと思いながら、すっかり面白くなくなった大晦日の番組を眺めているのだった。桜に新芽が出ていることにも、夏の日本がほんとうに馬鹿みたいに暑くなったことにも、朔の住む広川の木だってじゅうぶん綺麗に紅葉していることにも気が付かなかった。冬の空は透き通っているから星がよく見えるんだよ、というおじいちゃんの言葉だって、あんなにも別の光がぎらぎらとしているところでは、ちゃんと思い出せなかった。

 こんなふうに、今この瞬間の季節を、自分の五感をめいっぱい使って感じることはなかった。朔はここに来てからのわずかな期間で、自分の感覚が随分と変わってしまっていることに改めて気づく。地球に住んで生身のからだを持って生きているというのに、便利な地上の暮らしはまるでプログラムされたシナリオを生きているようでさえあった。今思えば。

 それでも、私は今の方がいい。生身のからだを持って生きるということは、そういうことだ。

 ついさっき聞いたばかりのリセの台詞が、頭の中で何度も響いていた。たとえ感情があろうと、平和とは程遠いところにあろうと、わたしの暮らしてきたところは一種の「催眠状態」だったんじゃないだろうか。自分の肌で感じ、鼻で香りを嗅ぎ、口で味わい、目で見て、手で触り、むき出しの心で世界を見つめられている人が、一体どれほどいただろう。トラリアは確かに病んでいるのかもしれない。抑えこまれた音楽への恐怖と、その麻薬への渇望によって。けれど、朔には自分のもと来たところのほうがよっぽど病んでいたのではないかと思われて仕方がなかった。そんな人たちに、この贅沢な感覚を共有してあげたい。それで彼らが少しでも癒しを得られるなら。

 あ、と思う。そうか、こういうことだったのかもしれない、と。朔は、日本で、いや世界じゅうで行われているSNSの自慢大会が大嫌いだった。私は、今こんなにもおいしいものを食べていますよ、おしゃれなところに来ていますよ、こんなにも愛されていますよ、こんなにも素敵な人生を送っているんですよ、いいでしょう? 自身の生活のいい面だけをうまい具合に切り取って、そんな無言の叫びで自分を飾り立て、うそものの優越感を感じようとする人々に吐き気がした。目の前のほんものには目もくれず、どこか遠くで暮らす誰かへの、広告。

 もしくは逆の人々。僕は今、こんなにも悩んでいます、大変な思いをしています、けれどこれを乗り越えることで成長できると思うんだ、世界のこんな大変な問題にこんな意見を持っていて、こんな僕だからこそできることがあると思うんだ、なんて言い訳して、同情を集めるだけのマスターベーション。勝手にやってくれ、と思っていた。それでもSNSを見てしまう自分自身が、一番嫌いだった。

 病んでいたのは、わたしだったのだ。きっと彼らは、みんなとまではいかなくても、癒したかったのかもしれない。どんどん流れて忘れられていってしまう季節の感覚や社会の小さなところに、たまたま自分だけが気づいて、今その瞬間を独り占めすることだってできるのに、それを誰かに切り取って分けてあげることで誰かを癒したかったのかもしれない。そして、そうすることで自分自身をも癒すのだろうか。人は、独り占めをしても決してしあわせにはなれない。誰かと共有したいと思うのは、自然な感情なのだ。それが独りよがりだとしても。

 SNSはたぶん、誰かの自己満足と引き換えに誰かを傷つけるだけじゃない。現に朔は、この景色を誰かに見せたくてたまらなかった。ねえ、空はこんなにも青いんだよ。オフィスにいてパソコンと向き合ってばかりいたら見えないんだよ。でも、この青はいつもわたしたちの頭の上から、わたしたちの世界をまるごと包んでいるんだよ。こんな贅沢は、独り占めしようとすると持て余してしまう。そしてそういう贅沢は、きっと毎日与えられてしまうと、たちまち色あせてしまうのだろう。

 今の時代は、写真を撮って投稿する。平安時代は、和歌に収められ、誰かに贈られた。いつの時代も、自然に対する感情は一人きりで抱えてしまえるほどのものではないのかもしれない。平安時代は、きっと今より自然が近くにあった。その中にたくさんのきらめき、目を見開くような満月の美しさ、姿を見せない新月への秘めた期待、散りゆく桜へのやり切れない胸の締め付けなんかを毎日のようにその身に受けながら、それでもその贅沢さを感じ続けられた彼らは、今の人々よりもずっと心の体積が大きかったのかもしれない。平安。平和で安定した時代。時代が目指すものと、一人ひとりの心の中は、とてつもない矛盾で満ちていたに違いない。

 つうっと、頬を涙が伝う。さみしい。からだの中にしまいきれなくなったわたしの自然が、溢れ出す。

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第14章(9)「歴史の短針を進めるべき時が来た」

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