【長編小説】『夢のリユニオン』第4章(1)「絶対的平凡と相対的平凡」

星空

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【長編小説】『夢のリユニオン』概要・目次

人生のある地点までは自他ともに認める平凡な人間であったにもかかわらず、ある日突然眠りから覚醒するように生き方をガラリと変えてしまう人間が、この世には少なからず存在する。

佐藤一朗(さとういちろう)もそのような人物のひとりだった。
二十七歳までの彼は、「平凡」を着て歩いているようなタイプだった。学生時代の成績は平凡、運動神経も中の下、ルックスも見られないほどではない。

明るく目立つ性格ではないが、根暗というわけでもなかった。そして何より、その名前が彼の平凡性に磨きをかけていた。野球の鈴木一朗選手にあやかって高校時代に付けられた「鈴木」というあだ名も、彼にかかるとほとんどその効果を失ってしまった。

そして今、五月に四十一歳の誕生日を迎えた佐藤一朗は、国内に八つの支社を持つ会社の社長になっていた。
彼は二十七歳まで、ごく普通のデイサービスセンターに勤める介護士だったのだ。

彼は平凡ではあったが、心の優しい人物だった。介護の現場で彼の見たものは、「人間の行き着く先」だった。
戦争を経験し、何もかもを失った状態から這い上がった人たち、現役時代は日本の高度成長を支えるべく昼夜問わず働いたサラリーマンたち、それを支えた献身的な妻たち、あるいは女手一つで子どもたちを育てた母たち。

それぞれの人生を懸命に行きた末に老いた人々の終着地点だった。
彼らは自分のことがだんだんと自分でできなくなり、他に選ぶべき選択肢も持たずにデイサービスセンターを利用した。もちろん、その先には「老人ホーム」という終着点の向こう側が存在していた。
けれど彼らの多くはそれを拒み、少なくとも心の内ではいつまでも自宅にいたいと願っており、入所するころには自分の置かれている状況さえよくわからない状態になっていた。

「おれはな、三津山紡績の重役まで務めたんだ。兄ちゃん知ってるか? 糸ってのはな、おれたちの目に見える以上に、色々なところで使われているんだ」と、デイサービスの仕事を初めて三年目を迎えた佐藤に、ある老人が言った。

「それが見てみろよ。会社を辞めてほんの十年で、おれの足は使いものにならなくなって、兄ちゃんのところで幼稚園児みたいな遊びをすることが仕事になっちまった。そしてこれから先ずっと悪くなっていく。おれはな、兄ちゃん。例え今を耐えぬいたとして、その先に今よりもいい未来が待っているなんて思える年齢はとうに終わっちまったんだ。会社であくせく働くうちに、そんなことに全然気が付かないうちに、もうすぐ人生が終わるんだ。だから、本当はせめて家で静かに過ごしていたい。けどな、おれみたいなのが家にいるだけでも、息子夫婦にとっては厄介なのさ」

老人は、諦めたように佐藤に身を預けていた。彼を風呂に入れる際、佐藤はその老人のしぼみきった裸体を見た。これが、と佐藤は愕然とした。これが、一生懸命生きた先に待っているものなのだ。大企業の重役でこれなら、給料の安い、体力勝負の介護職の自分はいったいどうなるのだろう。

定年を迎えた高齢者の行き場の問題、介護問題、少子高齢化問題、年金問題。介護の現場には、今の日本が抱える社会問題の半分近くが詰め込まれているようにさえ思えた。
無論、残りの半分は教育現場である。人間社会は、いったいいつの間にこんなにもたくさんの問題を抱えるようになってしまったのだろう、と佐藤はしばしば考えた。

平凡な人生でいい、と佐藤は常々思っていた。平凡な人生がいい、と。けれど、意識して社会を眺めるようになって、若い自分がこれから日本で平凡な人生を送るためには、平凡な毎日を過ごしているだけでは不十分であるという避けがたい矛盾に行き着いた。

人々はほとんど休みなく働いていた。他人の面倒を見る余裕もないほどに、働いていた。
老人たちに「俺たちの若いころはもっと大変だった」などとこぼされながらも、退化した肉体と食品添加物を抱えて暮らしていた。
自分が幼いころに世話になった老人たちを、あるいは世話をしてやっただろうと自ら豪語する老人たちを支えるため、自分の子どもたちに少しでもいい未来を残してやるために。

けれど、それは満たされるどころか、日々不足が目立っていく一方だった。その抗いがたい悲しい社会の流れは、彼らの肉体と精神を徐々に、けれど確実に蝕んでいった。

そして二十八歳の冬、佐藤はついに決意した。インターネット上で出資を募り、その次に訪れた春に、彼は「佐藤と鈴木株式会社」という名の会社を立ち上げた。もちろん彼の名前と、そのあだ名に由来している。佐藤と鈴木株式会社では、主に定年退職した人々を積極的に雇用することにした。またそうでなくとも、仕事を辞めたり時間を持て余したりしている者もその対象になった。

この会社がほかの老人雇用と大きく違うのは、老人たちに(この会社では従業員を「老人」とは呼ばなかった)経営企画や営業、商品やイベントの企画運営を担当させたことだ。つまり、定年退職した人々ができる職業として知られていた警備員や清掃という枠をまるっきり取り去ったのだ。
老人の豊富な人生経験は、そのまま家庭菜園や囲碁に沈ませてしまうには惜しい宝だと、佐藤はデイサービスセンター時代に確信していた。今の大企業の制度では、彼らはどうしても新入社員に押し出される形になる。それに、老衰によるミスを必要以上に恐れる会社も多かった。佐藤はそこに目をつけた。

佐藤の会社の目的は、「健康寿命延伸」にあった。事業内容は、補助器具やサプリメントの販売、体操やボランティアなどを通して加齢した利用者の肉体の健康を保つ手助けをすることだった。また体が元気なうちから積極的にそのような場を活用してもらうことで、家に引きこもることをなるべく減らそうとした。
従業員にはさらに、仕事のやりがい、肉体と精神への適度な刺激、給料などのメリットがあった。彼らは希望すれば会社の事務所の二階以上にあるケア付きマンションに入所することができ、そこから出勤することもできた。

入居者たちは社員であってもなくても互いに助け合うことで元気に歳を重ねていける、まさに老人たちにとっての理想郷のような場所だった。
彼らを肉体的、技術的にサポートするための若い従業員も少なからず働いていた。プライドの高い元サラリーマンたちや、おせっかい精神が空回りする婦人たちをまとめるのは骨が折れたが、それでも仕事は概ねうまく回っていた。

「日の当たる刑務所みたいだな、ここは」従業員のひとりである米倉が、ある日ぽつりと言ったことがあった。

「毎日朝早く起きて、運動して、栄養のある飯を食って、仕事をする。ただしここには服役ではなく自由があって、懺悔ではなく未来がある」

「刑務所なんて、人聞きの悪い」隣にいた柴田がぽん、と米倉の肩を叩いた。「それだったらあれよ、ほら今流行りの、新興宗教。山で共同生活している、あんな感じかしら」

「おい、おれは仏教徒だ」米倉が柴田の方へ怖い顔を向けて、二人は同時にぷっと吹き出した。柴田は十年前に、米倉は八年前にそれぞれ配偶者を亡くしており、二人はここでささやかで控えめな愛を育みかけているらしかった。

佐藤は離れた席から二人の様子を見て、微笑んだ。軽い冗談を言うというのは、人が健康であり続けるためにもっとも大切な要素のひとつなのだ、と彼は感じていた。米倉はパソコンを使って商品の在庫管理を行い、柴田は隣の大きなテーブルでイベント用の横断幕を縫い付けていた。裁縫など、佐藤には到底できない芸当だ。

社長として、佐藤は会社の扱う商品や接客サービス、イベントのクオリティには気を遣っていた。所詮老人の手慰みだ、と言われたくはなかった。マニュアル化できるところは全てマニュアル化し、従業員たちには丁寧な研修を施し、時には彼らの経験やアイディア、人脈に助けてもらった。

平凡であることを心がけて生きてきた佐藤は、会社が軌道に乗っても調子づくことはなかった。
そして四十一歳を迎えた今、会社は大きく成長していた。

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第4章(2)「絶対的平凡と相対的平凡」

投稿者プロフィール

ちひろ
ことば、文字、文章。
それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。

文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。
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