【長編小説】『夢のリユニオン』第7章「ただ『今』を生きるものたち」

星空

▼概要・目次はこちらをご覧ください▼
【長編小説】『夢のリユニオン』概要・目次

甲林は、いつもよりも少し早い午後十時半に起きだした。夢の中での理由としては相沢を寝かせてやるためであり、現実の理由としては高校生になった娘の実香が眠る時間になったからだった。

実香は紛れもなく典型的な長女気質であり、五人きょうだいの一番上としてあらゆることを自分の中だけで解決する癖がついていた。
甲林は、そんな実香が感情を押し殺した子どもにならないよう、彼女だけのことも見てやるように心がけてもいた。自分を綺麗に五・五分割し、五人の子どもと夫にも少しだけ自分を配分していた。自分のための自分は残っていなかったが、甲林は家族のために生きていることに喜びを感じていた。

そんな甲林の自己中心的な満足感を見透かしてか否か、長女の実香に異変が起こりはじめた。学校から途中で帰ってきたり、まるで幼稚園の健斗と変わらない小さな子どものような振る舞いをするようになったのだ。
不幸中の幸いとも言うべきか、それはまだ現実的な問題として甲林家を襲ってはいなかった。少なくとも、彼女の母親である甲林にはまだ手のつけようのある問題に見えていた。
そういう事情からここふた月あまり、甲林は実香が眠るまで彼女のそばで手を握ってやっていた。繋いだ手を通して、自分の愛情をしっかり長女に送り込んでやるような気持ちで。

健斗を寝かしつけ、実香を寝かしつけ、甲林はこの日の夜二度目の覚醒をした。

夢を見ていた。
今度は同窓会の夢ではなかった。

真っ白で無機質な正方形の部屋に閉じ込められ、四方の壁が甲林に迫って彼女を押しつぶしてしまおうとしている夢だった。五人の子どもと夫が彼女を助けに来ることはない。彼らはどういうわけか甲林を残して遊園地にでかけており、そのあいだ甲林は勤めている税理士事務所に出勤していることになっていたのだ。

どうして、と彼女は思う。あたしは、あなたたちと一緒にそこにいるためにこうして働いているのに。こんなの、あたしの望んでいたことじゃない。壁に挟まれた甲林のからだが圧迫された時、突如立っていた床が抜けた。甲林は地球の中心まで落ち、そこで目が覚めた。

甲林は、実香と握っている手を見つめた。ちゃんとつながっていた。長女は規則正しい寝息を立てており、どこにも問題などないように見えた。

大丈夫、と甲林は心のなかで呟く。何も問題なんてない。
そして、甲林は夫の帰宅を出迎えるためにリビングへ向かった。いつまでこんなことが続けられるだろう、と彼女は娘の感触を手になじませながら思った。
まだ四十歳だからなんとかなるけれど、これが五十歳になったら、体はついてきてくれるだろうか。自分が五十歳を迎えるとき、健斗はまだ中学生だ。

その事実は甲林を半分不安にさせ、同時に半分安堵させた。子どもがいるということが甲林自身の魂を救っているところが少なからずあった。子どものために生きるというのは素晴らしいことだった。そんなことを思うと、甲林の胸はいつもとろりとした温かいものに包まれた。

夫は忙しいサラリーマンだった。五回もそのチャンスがあったのに、彼は一度も子どもが初めて二本の足で立った瞬間を知らない。彼は優しく、収入も安定し、いざというときに頼りになる人物だった。

甲林は夫を信頼していた。けれど、彼はもうかつての恋人ではなかった。甲林が五人の子どもを身ごもり、産み、育てるあいだに、二人の関係は変わったのだ。お互いを激しく求めるだけの純粋な関係は、家庭の共同経営者同士の関係になった。夫に対して不満に思うことは、感情的な面を抜きにすればほとんどないと言ってよかった。

でも、と甲林は思う。思ったより早かった。燃え盛る炎の周りで飽きることなくダンスを続けていた二人は、今や囲炉裏を囲んで温かいお茶をすする関係になった。彼らは家を持ち、生活することを学んだ。

この日、甲林は久しぶりに夫をベッドに誘った。本当に久しぶりだった。夫は疲れているはずだったが、嫌な顔ひとつせず付き合ってくれた。前にこういうことがあったのはいつだろう、と彼女は思い出そうと努力したが、思い出せなかった。もうあのころには戻れない。自分たちは多くを持ちすぎたし、今さらそれを捨てることなんてできない。けれどほんの少しのあいだだけ、何もかも忘れてダンスがしたかった。

そういうわけで、甲林が高校生の姿で教室に再び姿を現したのは、午前二時まで十五分を残したころだった。

一方で、佐藤はぐったりと疲れてようやく眠りに就いていた。いつもより四時間も遅れて。もともと佐藤は規則正しい生活を好む朝型人間で、夜勤のないデイサービスセンターを最初の仕事に選んだのもそれが理由だった。
徹夜など大学生時代にもほとんどしたことがなかったのに、夜通し仕事だなんて佐藤にはうまく想像ができなかった。だから、佐藤がこんなにも遅くまで起きているのは、のっぴきならない事情があるときくらいなのだ。

今日、佐藤の会社の従業員が倒れた。七十三歳の女性従業員で、搬送された先の医師によると急性心不全とのことだった。幸い命に別状はなかったものの、遠くに住む息子家族が病院に到着するまでずっと佐藤が付き添っていた。

会社をはじめて十二年、自分の親ほどの年齢の人々と働いていると、子どもの代わりにその人を看取ることも少なくなかった。それは、デイサービスのお客さんが亡くなるのとはわけが違った。人の命の重さに区別はなく、死んでもいい者などいるはずもないと頭ではわかっていても、やはり親しみというものは人の死によって生じる悲しみに差をつけてしまう。

毎日顔を付き合わせる従業員は、彼にとって特別だった。慣れることなどなかった。亡くなった彼らに、最期の生きる楽しみを見つけてもらえたのだろうか。それも、与えられるばかりではない、自らが与える喜びを。

自信はなく、反省の繰り返しだった。それは他の誰にわかってもらえるものでもなく、佐藤が目を閉じようとしてもまぶたの裏にまで迫ってくるものだった。来る日も来る日も「死」について思いを巡らせている大谷よりも、ある意味で佐藤は現実的に「死」と並びあって生きていた。

人間は自分がいずれ確実に死ぬことを知っていて、歳を重ねるほどにどんどん死に近づいていて、それなのに時間というものは命を奪う前に実に多くのものを人間から奪ってゆく。
体力、記憶力、美貌、愛する者。人間が人間として絶頂を迎えてから死ぬまでのあいだに、どうしてこんなにもタイムラグがあるのだろう、と佐藤は思うことがある。あとはただ失い、失い続けて最後には死ぬことだけが残る、そんな希望のない期間を、人はどうして生きることができるのだろう。

あるいは、死ぬ瞬間に多くのものを持ちすぎていると、かえって自分自身の重みに引っ張られてうまく浄土できないのかもしれない。現在のところ、それが彼の答えだった。結局は、どのように捉えるか、なのだろう。

そして、佐藤は遅れて同窓会に顔を見せた。

▼続きを読む▼
第8章「やり直しのはじまり」

投稿者プロフィール

ちひろ
ことば、文字、文章。
それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。

文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。
そんな文字の持つ力に心躍る方がいたら、ぜひ友達になってください。
私はそんな友達を見つけるために、物書きをしているのです。

新刊発売中!

できることなら、十四歳という年齢はすっとばしてしまえるのがいい。
冬に元気をなくす母親と、影の薄い善良なフィンランド人の父親を持ち、ぼくは彼らの経営する瀬戸内市の小さなリゾートホテルで暮らしていた。ある時なんの前触れもなしに、ぼくにとって唯一の友達であったソウタが姿を消した。学校に行くことをやめ、代わり映えのしない平穏な日々を過ごすぼくの生活に、少しずつ影が落ちはじめる。

『レモンドロップの形をした長い前置き』
著者:田中千尋
販売形態:電子書籍のみ
販売価格:450円(※Kindle Unlimitedをご利用の方は無料で読めます)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。