【長編小説】『夢のリユニオン』第8章「やり直しのはじまり」

星空

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 時刻は午前二時を迎えていた。次の日の午前中に予定のある者ならば、大抵が床に就く時間だ。同窓会が始まって四時間。皆が揃いだした時間を考慮すると、実質二時間ほどが経過したということになる。中にはもちろん今の自分の置かれた状態を話すことに気の進まない者もいたが、それ以外に彼らが話せることはなかった。今では靄(もや)のかかってしまった、かつての思い出たち。そこから随分と遠いところまで来てしまった自分たち。それは前進であるのか、後退であるのか、あるいは環状のコースを辿り続ける終わりなき消耗なのか。

 「みんな、聞いてくれないか」会話が途切れだしたのを見計らい、声を上げた者がいた。

 「全員じゃないけれど、そろそろほとんどの人が集まったと思う。案外、覚えているものだね。高校の二年間、たまたま同じクラスになっただけのつながり。同窓会をしたことがあるかどうかが、そのクラスの仲を証明するわけじゃないと思う。それはなんというか、タイミングと雰囲気みたいなものが必要だからね。それでも僕らはこうして、四十歳で再び集まったわけだ」

その人物は、まるで用意された台本を読んでいるかのように、よどみなくすらすらと台詞を述べていた。濃い灰色のブレザーから、白と深緑のストライプの入ったネクタイがのぞいている。その姿は、どこからどう見ても紛れもなく高校生の少年だった。さらりとした栗色の髪が、彼の性別をあやふやにさせる。

 「どうだろう。十七歳の僕らは、籠の鳥だった。学校という守られた城の中で、朝から晩まで過ごすことに何の疑問も抱かなかった。ここは僕らにとって世界そのものだった。そして僕らは、大学に行った。社会に出た。もっとたくさんの人と出会い、たくさんの場所を知った。自由を知った。そして高校生活はかつての単なる通過点として思い出の引き出しの奥にしまわれ、みんなは自分の人生を選んで歩くことができるようになった。たくさんのものを持つこともできるようになった。金、地位、家族。それらはあるいは自由を奪いかねないかもしれないけれど、はじまりは間違いなく自分たちの自由意志から生まれたんだよ」

 「ちょっと待て。何が言いたい?」松永が口を挟んだ。彼の手には、数時間前にホットサンドだったものが掴まれていた。ほんのりと焦げたトーストに、冷え固まったチーズがこびりついている。しなびたレタスは色が変わっていた。

 「つまり」
彼は恐ろしく冷たい目をして言った。

「僕たちはこうして必死で四十歳までなんとか生きてきたわけだけれど、それで結局のところ何を手に入れたんだろうね、ということ。十七歳のあのころよりも、積み上げた二十四年分、生きててなにかプラスになったんだろうか、ということ」

 「それって、単純に比べられるものなの」藤井が腕を組んで右手の親指と人差し指の爪をこすり合わせていた。考え事をするときの、彼女の癖だった。

 「患者さんでも多いよ、そういう考え方する人。前に自分が持っていたもののうち、あれがなくなった、これがなくなった、って。そういう思考パターンって、自分がいま持っているものを過小評価しちゃうのね。比べられるものじゃないのに。今と昔をリンクさせすぎている。そして未来を決めてかかっている。今の自分は、過去の自分の残像みたいなものだと思ってるのよ。実体がないの。だから、ひどく落ち込むことで自分自身を確かめるの。ああ、自分は確かにここにいるんだなって。そういうのわからなくはないけれど、そんなことを考えても腹の足しにならないのにな、って個人的に思うことはある」藤井は、眉のあいだにしわを寄せて笑った。

 「おれは、なんとなくわかる」相沢がジンジャーエールの入ったグラスを揺らしながら言った。ここでは、飲食物を口にするか、思い出を口にするくらいしかやることがないのだ。

 「大学出て、就職もせずに俳優の道に進んだ。まあ養う相手もいないし、なんとかこれだけで食っていけてはいる。けれど、今の状態を成功と呼んでいいのかは、よくわからない。どこがゴールなのかも、どれだけ仕事をすれば俳優業二十年のキャリアに見合うのかもわからない。あの時から全然成長なんてしていなくて、歳ばっか取ってるって思うこともある。そういうことだろう、新堂?」

 「ハル、高校生の時はそんなこと考えてなかったろうから、成長してるよ。みんな見た目は高校生のままだけれど、話していると、もうほとんど僕の知らない人たちみたいだ」新堂は誰を見るでもなくふっと笑ってみせた。

 「それで、これはあなたの思いつきってことね。つまりここは、新堂くんの夢の中ってこと?」甲林が、頬にかかった髪を耳にかけながら言う。

 「それはたぶん、違う」新堂が教室の前方中央あたりで元クラスメイトを見回している。

 「これは、四十歳のみんながそれぞれ見ている夢であり、高校二年生のみんなが見ている夢でもある」

 「なるほどね」要領を得ない様子の大半の中でひとり、越智が大きく頷いてみせた。

 「わたし、見たことあるんだ。自分が四十歳で、でも心は高校二年生のままだって夢。会社で仕事してても、わけわかんないのよ。当たり前よね、高校二年生なんだもの。今思うと、あれは四十歳で見るはずの夢を高校二年生で見せられていたってこと」

 「そう、夢の交換」新堂がうなずいた。

 「待てよ、わけわかんねえ。この同窓会は俺らが十七歳の時点ですでに決められていたってことか? 結局お前は、何がしたいんだ?」いまだ納得のいかない大多数のクラスメイトの声を代表するように、松永が言った。

 「文化祭」新堂はまっすぐ松永の目を見て言った。

 進学校である希光学園では、高校二年生が実質的に最後の思い出の年になる。高校三年生になるとほとんどの時間を受験勉強に費やすことになるため、文化祭も修学旅行も合唱コンクールも、高校二年生のうちに済ませてしまう。生徒の半分ほどは高校二年生のうちから受験勉強に力を入れるが、それでも行事ごとには参加していた。

 けれど、この年は違っていた。文化祭が行われなかったのだ。なんということはない、台風のせいだった。いつもは警報が出ると学校が休みになると喜んでいた連中も、さすがにこの日だけは晴れを願っていた。それでも、自然存在に対して高校二年生の少年少女ができることなどほとんど皆無だった。それは、四十歳の男女にとっても同じことだったろう。

 劇の小道具を作っていた演劇部はその労力を無駄にすることになり、オリジナルの曲を作って臨んだ軽音部は引退舞台を行わないまま引退となり、二年五組の生徒たちが企画していた「懺悔室」は、学校側からの不適切勧告にも屈せず推し進めていたその催しは、ついに日の目を見ることはなかった。最後の学校行事であった文化祭が、まるで湿った花火のように不発に終わったその秋以降、二年五組の生徒たちが強く結束する機会は二度と訪れなかった。

 「あの文化祭の中止が、僕たちの中に大きなしこりのようなものを残していったような気がするんだ」新堂は続けた。
 「思い出すたびに、胸の奥をざらりと撫ぜるような」

 「確か、懺悔室だったよね。私たちのクラス」藤井が答え合わせをするように、静かに言った。

 「そう。僕らの学校はキリスト教だった。朝の礼拝があるなら、どうして懺悔室が不適切なんだ、ってみんなして職員室に乗り込んだよね」

 「そういう時って、妙に結束するんだよな、俺たち」と笑う松永。

 「四十歳になった今なら、懺悔することも増えたかもしれない。ここで言うことで、救われるんだよ。明日の僕らが」明日の、と言うときに新堂の目がきらりと光った気がした。

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第9章「知り合い神父への懺悔と、最後の二人」

書いた人

ちひろ
ことば、文字、文章。
それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。

文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。
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