【長編小説】『夢のリユニオン』第10章(3)「誰かの懺悔を肩代わりすること」

星空

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 「子どもがたくさんほしいと、ずっと思っていました」見ると、教卓にいるのは新堂だった。
もう、「し」まで来たんだな、と大谷は思った。そこで突如、自分ももうすぐ間違いなく教卓に立って懺悔の紙を読みあげねばならないのだ、と気がついた。普段、人とまともに話すことさえしない大谷にとって、四十四人の前で言葉を発するなど、想像しただけでもめまいがした。瞬間、自分の座る椅子が自分を離すまいとしているように感じた。天井と床が反転し、ぐるぐると回り、大谷の平衡感覚を奪おうとしていた。前を見て新堂の声を聞いているクラスメイトが、一斉に自分めがけて石を投げつけるところを想像した。

高校生の自分はどんなだったろう。大谷は目を閉じて呼吸を整えながら、かつての器用だった自分を思い出そうと努めた。あのころうまく機能していたことが、今では何の役にも立たなくなってしまった。それは閉じられた学校生活でだけ機能する類の能力だったのか、あるいは数年のあいだに自分の価値がすっかり消滅してしまったのか。世界の方に問題があるのか、自分の方に問題があるのか。

いずれにせよ、高校生の大谷が、大人になってからも変わらず皆に愛されることはなかった。大人、と大谷はつぶやく。くだらない。

 「高校生のころの私は、自信がなくておとなしいタイプでした。自分が何を持っているのか、どこに所属するべきかもわからなくて、自分が何を欲しているのかもわかりませんでした。それでも、私を仲間に入れてくれる友達がいました。彼らのおかげで、私は寂しい思いをせずにすみました。人との接し方はわからないくせに、ひどく寂しがりやだったのです。決断も、その大小に関わらず他人に委ねてしまうところがありました。その責任も相手に押し付けて、自分が言い訳できる余地を作っていたのだ、と今ではわかります。そんな私が変わったのは、長女が生まれた時です。こんなに何もない、からっぽのような人間からも、ちゃんと血の通った一人の人間が生まれてくるのだ、と思いました。子育ては、私にとって自己を発見する時間になりました。もちろん、子どもを手段だと考えているわけではありませんが、私自身が救われることがたくさんあったのです。強くもなった。そして、子どもの手が少し離れるたびに、また子どもが欲しくなりました。子どもたちを育てていくためだと思うと、彼女たちの人生を豊かにするためだと思うと、外で働くことも全く苦ではありません。独身時代は、その会社が自分に合っているのか、自分という人間はいったい何者なのか、四六時中考えていました。それでいて何の行動にも移せない人間だったのです。でも、五人の子どもを育ててわかったことがあります。それは、人間は考える時間があるから悩むのだ、ということ。まるでサファリパークで暮らしているような環境では、宇宙の存在意義について悩むことなんてありません。その日の献立のことや、子どもの怪我のことを考えることで精一杯ですから。でも」

 一瞬、新堂の声が途切れた。彼の手は、びっしりと文字の詰まった紙を裏返そうとしていた。あのころと変わらない、大きくて綺麗な字だなと彼は思っていた。新堂は、書かれている内容を読み上げるときにできるだけ己の感情を入れまいとしていた。おかげで、聞いている者たちはその内容に感情を入れ込みすぎることなく、どちらかというと客観的にからだの中に入れることができた。

 「でも、子どもがいなければいいのに、と思ってしまったことがあります。今となってはくだらない理由でした。どんな親にだって一度くらいそんなことを思う瞬間がある、と自分を慰めようとしました。あんな規模の小さい人間が、五人も子どもを持ったんだもの、と。けれど結局そんなのは、ただの自己保身に過ぎませんでした。それから、子どもに何か起こるたびに、ああこれはあの時の報いなんだ、という思いがつきまとうようになりました。子どもがいなければいいなんて、もちろん嘘です。そんなはずはありません。でも、そんなふうに思ってしまったあの時の自分を、百パーセントでは責め立てられないのです。こんな私を、親失格の私を、どうかお赦しください」

 読み終えてしまうと、新堂はその紙の裏面も見えるように、左半分にだけマグネットを付けて黒板に貼り付けた。いったい何のために紙を貼り続けているのか、誰にもわからなかった。ただ、一番はじめに読んだ綿野がそうしたから、あとに続く者もなんとなくそうしているのだ。その儀式的な行為の中にも、何か意味を見出そうと思えばそうできたかもしれない。

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第11章「五つ下の担任は相変わらず恩師であるか否か」

書いた人

ちひろ
ことば、文字、文章。
それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。

文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。
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