(A1-2)これは享受されるべき正当な幸福である【長編小説】『少女が大人になるその時』

少女が大人になるその時

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【長編小説】『少女が大人になるその時』概要・目次

 橙子の両親は、彼女が八歳の時に離婚していた。原因は詳しく教えてもらえなかったが、母がいわゆる「嫁の型」にはまりきらなかったことが主なものらしい。橙子の父方の祖父母は、母に対して父の「影」になることを要求した。中学校で英語の教師をしながら小さな料理教室も開き、誰からも愛されていた太陽のような人だった母は、新しい自己定義をし損ない、徐々に精神を病んでいったらしい。離婚の知らせを祖母の口から聞いたとき(お母さんは別の場所で暮らすことになったよ、と祖母は言った)、橙子は「これでやっとお母さんが解放される」とさえ思ったほどだった。

 それからは、商社に勤める、ほとんど家に帰ってこない父に代わって橙子の面倒を見てくれた祖父母と共に暮らした。そういうわけで、橙子にとって自分を愛してくれた両親との思い出はあまりない。歳の離れた兄はおぼろげに母の笑顔を覚えているというが、それを羨ましいと思ったことはなかった。母の笑顔を永遠に失うくらいなら、はじめから知らないほうが良い。
 橙子が物心ついたころには、もう母は笑うことを忘れていた。あのとき母の実家の方に引き取られていった弟には、娘の凜花を産んでしばらくしてから初めて会った。そのころ、母はすでにもう亡くなっていた。橙子はときどき、自分はいったいどこからどうやって、誰に望まれて生まれてきたんだろうと思うことがある。そしてそれを明らかにしてくれる人は、世界を見渡してもどこにもいない。幼いころに父が家にいた記憶はほとんどなく、祖父母は明らかに兄の方をより大事にしていた。家の跡継ぎとして必要不可欠な兄がすでに存在する限り、橙子の存在はあくまでオプションでしかなかった。

 「とーこちゃんはかわいいねえ。お人形さんみたいだね」と祖母が橙子の頭を撫でるとき、橙子は自分が本当に無機質な人形になった気がしたものだった。

 勉強のよくできる優しい兄が職場で知り合った女性と結婚したとき、橙子はいよいよこの世界でひとりぼっちになってしまったのだと感じた。当時付き合った社会人の恋人に、どこか兄を重ねていたのかもしれない。
 そして結局のところ、彼は兄ではなかった。大学生になって知り合った孝太郎は、話し方に多少田舎のアクセントがついていても、甘いものが好きでちょっとぽっちゃりしていても、流行りの髪型じゃなくても、清水橙子そのものを受け容れてくれるほとんど初めての人だった。これまでの人生で感じたことのない安心感、自己肯定感を与えてくれる孝太郎を、橙子は一生支えていきたいと感じていた。

 「まだそうと決まったわけじゃない」

 時代錯誤も甚だしい婚姻の儀式の中で、橙子は小さくつぶやいていた。地元の人たちが総出で人の花道を作り、わざわざ家の少し手前で停まった引っ越しのトラックから、これみよがしに嫁入り道具を見せびらかしながら、白無垢の橙子が牛のごとき遅さでもぞもぞと歩いている。結婚式の費用は全部出すから、とにかく値の張る嫁入り道具を揃えて欲しい、と孝太郎が懇願してきたのは三ヶ月前。橙子は少し戸惑いながらも父親に頭を下げ、彼の一年分の給料に相当するほどの嫁入り道具を揃えた。

 「いや、立派ねぇ」

 「さすがいいところのお嬢さんね」

 「孝太郎くんのところに嫁ぐだけはあるね」

 「あの子が椿さんの言っていた」

 「教育のある子はでしゃばるからね、ここの決まりしっかり教えてあげんと」

 「卒業するまで待ってくれって言っていたみたいよ」

 「しばらく同居は嫌なんて言い張ったんだろう」

 花道のあちらこちらから感じる値踏みするような白黒の視線に、橙子は居心地の悪さを感じた。ふと、母親の疲れた顔が脳裏に浮かんだ。もしかして私は、母と同じ道を辿ろうとしているのではなかろうか。これからご近所さんになる人々と笑顔を交わしながら、橙子の胸の奥に小さな黒子(ほくろ)のような不安の染みが落ちた。けれど、どのみちもう引き返せないのだ。孝太郎さんがいれば、きっと大丈夫。

 橙子のそんな動物的な勘は、嫁入りの儀式後すぐに出発したアメリカへの新婚旅行できれいに洗い流されたように思われた。姑である椿に「わたしらの頃は熱海に二泊がせいぜいやったのに、今の子は贅沢ね」と小さな嫌味を言われながら見送られ、そのまま十日間、ロサンゼルスのディズニーランドやニューヨークのミュージカルをぶっつづけで楽しんだ。半年間距離があったせいもあって、孝太郎とふたりきりで過ごすことのできる十日間は橙子にとって幸せ、という言葉一つでは言い表せられないくらい、頑丈なガラス箱に入れてよく見えるところに飾っておきたいような満たされた日々だった。

 正月と盆が同時に来た、とはよく言うが、正月と盆とふたり分の誕生日とクリスマスとバレンタインデーと国民の祝日を全部足しても足りないくらいだった。そしてそこに結婚記念日という、ダイヤのようにきらりと輝く一日が追加された。これは正当な幸福なんだ、と橙子は努めて思うようにした。
 これまで両親の離婚やなんだかんだで恵まれなかった自分が正当に享受していい幸福なのだ、と。もちろん遠い国で毎日飢餓と戦う子どもたちと比べることもしないわけではなかったが、橙子は正真正銘一九五八年生まれの日本人だった。与えられる幸福をわざわざ固辞する理由もなかった。

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(B1-1)愛に飢えることと魂の自己完結性

投稿者プロフィール

ちひろ
ことば、文字、文章。
それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。

文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。
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