(B1-1)愛に飢えることと魂の自己完結性【長編小説】『少女が大人になるその時』

少女が大人になるその時

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【長編小説】『少女が大人になるその時』概要・目次

 凜花がいない。初めてそれに気づいたのは、娘が名古屋への出張から戻らず、連絡が取れなくなって丸一日が経過したころだった。その日は数年ぶりの寒波に見舞われていた師走の一日で、誰もが忘年会や年越し準備に明け暮れていた。もう正月なんてほとんどないに等しいのに、と橙子は雪の降る窓の外をぼんやりと眺めながら思っていた。

 近年における日本人のイベント崇拝主義にはいささか閉口する。
 正月のおせち料理や盆の墓参りの習慣は廃れ、そのまま休暇だけが大量生産される。キリストのなんたるかを知らないままにクリスマスプレゼントを享受していた子どもたちは、成長したあとは自分たちがイースターだのハロウィンだのと理由をつけて呑んだくれるようになった。そこにはいい歳をした、橙子と同じくらいの歳の人間もちゃっかり含まれていた。何をそんなにも忘れたいのか? 見境もなく、恥じらいもなく、みながどんちゃん騒ぎをする。何からそんなにも目を背けたいのか?

 そういう橙子にも気持ちが全く分からないではなかった。私だってこんな現実捨ててしまいたい、とその瞬間の橙子は思っていた。誰がなんと言おうと、凜花は行ってしまったのだ。せめてあの子がどこかで誰かと楽しくしてくれているといいのだけれど、と心のなかで独りごちる。師走にひとりでいることは、そのほかの月にそうすることよりもこたえるから。

 私はいったい、どこで間違ってしまったんだろう。努めて凜花の笑顔を思い出そうとしてみるが、頭に浮かぶのは五日前の夜にこの事務所の応接セットの前で橙子に語りかけていた娘の姿だった。あるいはあれは彼女の最後の賭けみたいなものだったのかもしれない。
 でも何に対して? 私はあの子に何かを強要したことなどないし、何よりも心の底から愛していた。ちゃんと母親がいて、その人に愛されているのにもかかわらず、生活を捨ててしまいたくなる若い女の気持ちが、橙子にはどうしても理解できなかった。これも私に母親がいないからなのだろうか。八歳の時に捨てたはずの幻想は、半世紀経ってまで私を悩ませるのだろうか。最後に話したときのあの子の目は、まるで奴隷のそれだった。擦り切れた精神。いったいぜんたい、あの頭の切れる二十三歳の女の子は、新婚三ヶ月目の幸せの絶頂にいるはずの彼女は、どうして自らをぬかるみに投げ打たなくてはならなかったのだろう。彼女なりにその中でもがいていたのだろうか。もがけばもがくほどその深みに絡め取られていく泥の中で。

 橙子の経営する会社と、凜花の関係について触れておく必要がある。

 橙子は十三年前、四十五歳になった年の九月に会社を立ち上げた。決して若い社長ではない。会社の名前は「株式会社Oneself」。自分自身、という意味だ。
 生まれたときから一貫して、橙子は愛情に飢えていた。両親からの愛。そして何より、自分自身からの愛に。

 「自分のことを愛せないと、誰かの愛を受け取ることも、誰かを本当に愛することもできないんだよ」と言っていたのは夫の孝太郎だったか、それともカリスマ性を漂わせた芸能人だったか。今ではその言葉だけが橙子の中に刻み込まれている。

 そういうわけで彼女は、自分のことを好きになれない人間が「自分らしく」生きていくための手助けをすることをライフワークに定めることに決めた。誰かに自信を与えることが、自分の存在を赦し、役に立たなければならないという強迫観念(というのは大げさかもしれない)のようなものから自分を救い出してくれるかもしれないという期待も混じっていた。自分の会社を持つということにこだわっていたわけではない。ただ、九石家とは別のちゃんとした居場所がほしかった。自分と、可哀想な凜花が安心して呼吸ができる場所を。

 具体的には、橙子の会社の事業はカテゴリーで言うとタレント事務所になる。ただ、いわゆる芸能事務所とは一線を画している。所属するタレントはモデルや役者をすることもあるが、一般のサラリーマンや料理家、農業従事者として派遣されることもある。あくまでタレントの才能(talent)を最大限に伸ばす形で、マッチする職業にあてがう。就職斡旋会社と違うところは、所属タレントは持つスキルによって就職するのではなく、あくまでも個人の持つ魂のようなものと呼応する生き方を見つけるために、職業という手段を使っているのだ。

 そうして自分らしくのびのびとした生き方ができるようになった者は、他の人々のロールモデルとして方方の取材を受け、メディアに露出する。会社を設立したときは、「そんな芸能人の出来損ないを生産する会社がうまくいくはずがない」と散々親戚一同にコケにされたが、その悔しさが原動力となってここまで来た。それに、橙子の考えたコンセプトはそれなりに成功を収めている。
 自分を押し殺すのではなく、自分らしく生きていく方法の提示というのは、今の日本人にうまくフィットしたようだった。そして、そのようなある意味で開き直った生き方というのは、自らに強いコンプレックスを持っている者のほうが実践しやすい。それによって失くすものが少ないからだ。
 橙子の事務所に所属しようとする者は、面接で自らのコンプレックスについて深く問われた。その過程で耐えられなくなってエントリーを辞退したものも少なくない。それでいい、と橙子は思っていた。自分のコンプレックスを自分でえぐり出すこともせずにただ蓋をするだけの人間には、自分らしく生きることなど到底できない相談なのだ、と。

 彼女の会社に属するタレントは、女性に限られていた。
 男女を区別するべきではない、という考えには橙子も賛同していたのだが、当時の(そしておそらくは今現在も)日本において「自分らしさ」という面から見た男女の平等性というのは、女性を重点的に優遇させるくらいでないと残念ながら実現できないものだと、橙子は自身の結婚生活から感じていた。男性の優遇は国や大企業に任せておけばいい。年齢や立場、経歴は問わず、自己肯定感に悩むあらゆる女性を受け入れた。入社時にそれほど厳しくふるいにかけなくとも、本気で自分を変えようという意志のない者は自然とこぼれ落ちていった。

 そして、彼女たちには一人ひとりマネージャーがついた。マネージャーは男女を問わず採用したが、既婚の者は同姓と組むようにさせた。従業員を信用していないわけではなかったが、事務所としてもあえて面倒ごとは起こしたくなかった。人間は、理屈だけでは抑えられない衝動性を飼って生きている。昨今の性的状況からすると、同性同士であったとしてもその可能性が完全に拭い去られるわけではなかったが、蓋然性の点から見てそれは勘定に入れなくてもさして問題はなさそうだった。集団的観点から見た倫理的精神の欠如というのは、ロールモデルとしてのタレント性にとっては致命的となる。

 世間に顔を晒したくない女性たちはマネージャー職を選んだ。彼らはバディーを組み、一人の人生の設計図を二人で描いていくことで、それぞれの生き方を磨いていった。独身同士の異性がつがいになることもまれにあったが、タレントたちは自分の内側に愛を見つけるたびに、外からの愛を必要としなくなっていった。魂の自己完結性、と橙子は呼んでいたが、それこそが何十年ものあいだ外側からの愛情の欠落に怯え続けた橙子の理想郷だった。

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ブログ運営者

ちひろ
ことば、文字、文章。
それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。

文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。
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