(B3-1)十二時間ごとの社長と主婦【長編小説】『少女が大人になるその時』

少女が大人になるその時

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【長編小説】『少女が大人になるその時』概要・目次

 凜花がいなくなってから半年と十七日。カレンダーを眺めなくとも、頭が勝手に計算してしまう。考えまいとすればするほど、その事実は橙子の中により刻み込まれてゆく。

 ついこのあいだ梅雨明けが正式に発表され、蝉のうるさい季節に入った。夏中割れんばかりにわめき続ける蝉は、個体で見れば一週間でその命を終える。いま窓の外で懸命に鳴いている彼らは、一週間後にはすっかり入れ替わる。まるで人間の皮膚じゃないか、と橙子は思う。日々垢となり、体からぽろぽろ落ち、新しいそれに取って代わられるように。人間の皮膚は、まるで蝉の世代交代みたいじゃないか。
 そう思うと、俄然皮膚の細胞ひとつひとつがぎゃんぎゃんと声をあげ、いのちを全うしているみたいに見えてくる。そして人間の遺伝子がしっかりと組み込まれた皮膚は、みっともなく皮膚にこびりつくのだ。落ちる最後の瞬間まで栄養を吸い尽くす。がりがり、と左手の人差し指と親指の間の柔らかいところに爪を立ててみる。本来そこにいるはずだった期間よりも短い生命を終えた皮膚のくずが、粉となって重力に身を任せた。

 凜花は幼いころ、蝉の抜け殻が好きだった。この時期になると、天気のいい日に公園で弁当を食べていても、熱のやわらぐ夕方に庭の草抜きをしていても、いつのまにか蝉の抜け殻をずらりと並べていた。生き物のいのちをないがしろにしているわけでもないし、かと言って女の子の趣味としては褒められたものではないので、橙子は扱いに頭を抱えてしまった。凜花は後生大事にその抜け殻をコレクションしていたし、それを心のこもったプレゼントとして橙子に手渡してきさえしたのだ。だから、八月の大きな台風でその抜け殻がすっかり流れていってしまった時、わんわんと泣きわめく凜花をあやしながら心の中で安堵していたのが今や懐かしい。

 あれも思えば、蝉の皮膚だったのだ。一度きりの、彼らの自己新陳代謝。むき出しになった蝉たちは、日の目を見ると同時に最初で最後の仕事にとりかかる。オスはメスに自身の存在を主張するために喉がつぶれるくらいに鳴き(蝉は果たして喉から声を出すのだろうか)、メスは自身の尻にある針で木の中に穴を開け、毎日せっせと卵を産み続けるのだ。ただ種をつないでいくためだけの、何の意味もないように見える一生。こんなこと、橙子は凜花にせがまれて図鑑を読み聞かせさせられるまで知らなかった。あの時は図鑑の中の蝉の写真の数々に閉口したし、正直なところその知識が将来的にどこかで役に立つとも思えなかった。けれど、凜花がいなければ知ることのない世界だった。そのように、剛志や凜花のおかげで知ることになった世界の事実が橙子の中にはたくさんあった。

 午後五時まであと七分。

 七月の午後五時は、まるで十二月の午後三時である。太陽が好きな人間にとっては、夏は得をした気分になるのかもしれない。橙子もその例に漏れなかった。一日の仕事はいよいよ終わろうとしており、そして同時に一日はまだ手つかずの状態で残されている。冬のそれより引き伸ばされたこの夕方からの数時間、オフィスの外に出てもまだ日のある数時間、内勤のサラリーマンたちは一年分の太陽を浴びためておく。もちろん、株式会社の代表という立場にある橙子にそんなことは関係なかったのだけれど。

 それに、橙子の会社の人間も、決して暇というわけではなかったが、時間はそれなりに融通がきいた。イベント等を抱えるタレントとそのマネージャーは、その開催に合わせて準備なり報告なりをする。子育てや介護などで長時間働けない者は、自宅での作業も可能にしてある。派遣先で時間に縛られることはあっても、少なくともOneself社内で縛られることはない。それぞれのプロデュース計画とマネタイズ計画さえしっかりとこなしていれば、時間の使い方は自由である。そういう意味で、ここではタレントとマネージャーが対になって、それぞれ会社の代表をしているみたいなものなのだ。研修と初期投資に会社の金をたっぷり使った後は、給料も自分たちの稼ぎに応じて支払われる。そういう働き方こそ「正当な評価」ではないか。橙子は理不尽な夫の職場への不満を今の仕事に昇華しているつもりだった。そういうわけで、所属する十五人のタレントと、望月ハルと松野を除く全てのタレントにつけられている十三人のマネージャーの誰ひとりとして事務所にいないという状況が稀に起こる。

 オレンジ色の鮮やかな西日が、窓枠に縁取られた巨大なスクリーンに映えている。不揃いなかいわれのごとくビルが立ち並び、空気は淀み、絶えず慌ただしい人の往来があるこんな場所でも、太陽の色は山梨で見るそれとほとんど同じだった。違う点は、ここではゆっくりと日が沈んでいくのを眺めることに時間を割いたり、それを心の指針にしたり、ダメージを気にせず日光に肌を晒すことがナンセンスとされているだけなのだ。コンピュータの画面には今月と来月のタレントスケジュールがびっしりと詰まったエクセルファイルが鎮座している。老眼の入った両目は、近くの画面に並ぶ文字を捉えきれない。凜花がいなくなってから、橙子の実質的な事務量はぐんと増えた。それでも、何も考える暇がないほどやることがあるというのは、正直なところありがたかった。

 「はあ、エクセルのマクロってなんなのよ。マグロじゃだめなの。美味しい赤身の見分け方なら知ってるのに」

 橙子は最近くせになってしまったひとり言と、深いため息をつく。その勢いのまま、思いっきり息を吸い込んでみる。山梨の川と同じきれいな橙色(だいだいいろ)に彩られた事務所は、山梨の水と草のにおいではなく、無機質でひんやりとした壁のにおいがした。少なくとも、九石家の母家のようなべたべたしたにおいがしないことに、橙子は満足を覚える。

 「橙子って名前は、母さんのお腹が大きいときに二人で散歩していて決めたんだ。今日みたいに目を細めたくなるような燃える夕日が、川に綺麗に映っていてね。その川の方の色からとったんだよ」橙子は、幼い頃に父親と二人で近くの川まで自転車で遊びに行ったある日の夕方、父が川から目を背けずに言った言葉を思い出す。どういうわけか、あの記憶だけはいつまで経っても忘れることがない。

 「ん、んー」肩に鈍い痛みを感じ、椅子に座ったままで伸びをする。働き盛りを畑で過ごした椿には怒られるかもしれないが、ただ座っているだけというのも案外消耗する。肩や腰は年々痛みを増し、一日の終わりにはふくらはぎがひどくむくんでいる。現代の労働者は、運動を就業後にスポーツジムで購入するか、徹夜明けの気だるさが残る街の中に朝早くから出かけて走るくらいしかない。十二時間ごとに主婦と社長を使い分けている橙子には、どちらもできない相談だった。

 深呼吸をし、のびをすると、仕事のやる気までどこかに流れでてしまった。今日も満員電車を乗り継いで家に帰って、夫と高齢の義母に夕食を作る。そして洗濯を回しているあいだに買い物に行き、明日の下ごしらえを済ませる。効率的、という意味では橙子は自分のことをスーパー主婦だと自負していた。十年か十一年か前に周人が亡くなってから、橙子たち一家は再び母家に暮らすことになった。椿が高齢だということ、そんな彼女をひとりきりにするわけにはいかないという孝太郎の訴えに、橙子が反論できるはずもなかった。海外をふらふらしている茉莉花を呼び戻すということは、彼の検討事項にものぼらないようだった。

 「ひとつ、橙子の作る料理に不満を言わないこと。ひとつ、光熱費にケチをつけないこと。ひとつ、仕事のある日は橙子が家を空けていても許すこと。云々」という、日米修好通商条約も顔負けの不平等条約が交わされたのち、三世代家族は再び一つ屋根の下で暮らすことになった。かつて夫婦に与えられた小さなオアシスは、いつか剛志か凜花が住めばいい、とそのままにしてある。そんな子どもたちも、今では二人とも結婚して家を出て行ってしまった。家族は再び二世代に戻った。

 孝太郎はもう橙子の料理をわざわざ美味しいとは言わなくなり、橙子を名前で呼ぶこともなくなり、休日はふらふらと行き先も告げずに出掛けてしまう。それでも橙子が過労で倒れた時は優しく介抱し、梅雨の前には二人で庭の草抜きをし、毎月橙子にわずかな小遣いまでくれる。

 椿は橙子に厳しい言葉をぶつけることはなくなったが、橙子をいない人間として日々を暮らしているようだった。なにもかもが変わり、流れていった。変わらないものはいまだに離れに置いたままの桐箪笥と羽毛布団くらいだった。橙子はその事実を淡々と受け入れた。確かなものなど、永久に続くものなどないのだ。いいことも悪いことも。孝太郎にグラタンを出した時の彼のあの顔を思い出し、椿の目が怖くて白米が食べられなくなったことを思い出し、橙子はそう言い聞かせていた。そして、頭でそう処理するだけではうまく自分を言いくるめられずに溢れだしてしまう感情は、時おり一人でそっと涙を流すことでごまかした。

 夫婦の役割とは何なのだろう、とふと思うことがある。まだ夫ほどの収入ではないにせよ、夫と同じかそれ以上に忙しく働いている。実の親でもなく、感謝もされず、まして給料がもらえるわけでもないけれど、毎日黙々と椿の身の回りの世話をする。そしてそれらは当然に嫁である橙子の役目であり、椿の実の娘たちにはその一片も背負わされないのだった。嫁とはそういうものなのかもしれない、と橙子は山梨にいる兄嫁を思う。お父さんが迷惑かけていないといいのだけれど。

 「両立がきつかったら、仕事をやめたらいいのに」

 ばたばたと朝の弁当作りをこなしていると、孝太郎は新聞から顔を上げずに五月蝿そうに呟く。仕事をやめる? 冗談じゃない。誰にも文句を言わせないくらい家事を完璧にこなし、自分の仕事でも大きな成果を出して見返してやる。そんな、ある意味で健全ではない原動力も、橙子の仕事には大きなエネルギーとして存在していた。

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