(A4-1)大人になって失う自由【長編小説】『少女が大人になるその時』

少女が大人になるその時

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【長編小説】『少女が大人になるその時』概要・目次

 また、桜が散った。

 ぼんやりと頭が考えるのをよそに、橙子の両目は、自転車で近所のスーパーに行くまでの道のりにある一本の桜の木を捉えていた。一リットルの牛乳と、野菜と鶏肉が入ったビニールの袋が手に食い込んでいる。

 「顔がさすから近所であんまりぼーっと座ったりしないでね」と椿に言われ、こんなときしかひとりでゆっくり桜を見ることもできない。散っていった桜の花びらの名残りと、そのうしろに芽を出す力強い新緑の影。こうして季節は巡ってゆく。私を置き去りにして。

 長男の剛志が大学一年生、凜花が小学四年生になった年の春が終わった。凜花が三年生になったくらいから、橙子には昼間の自由な時間がぐっと増えた。彼女が低学年のうちは家の用事を朝のうちにせっせと済ませ、毎日子どもたちに手作りのお菓子を作っていたら凜花が帰ってくる時間になった。剛志はあまり家に友だちを呼ばない子どもだったから、橙子はたくさんの子どもたちが家にいる状態をわりに楽しんでさえいた。

 橙子の少しあとに社会に出た人たちは、男女雇用機会均等法の緩やかな浸透によって、ほとんど男性のように働くことのできる女性に限っては結婚や出産を経験したあとでも会社に残ることができるようになってきていたし、パートに出ている母親も少なくなかった。比較的高齢で凜花を出産したこともあり、橙子の年齢は凜花の母親世代で頭一つ抜けており、母親同士の交流という名の重要な情報交換の場にかろうじて足を踏み留めておくために、多少なりとも努力が必要とされた。そのため、橙子はそのような「働く母親」たちの子どもたちの世話を進んで引き受け、午後三時からの九石家(離れ)は小さな学童施設のようになっていた。

 そのような役割も、そして母同士の交流の必要性も、凜花の学年が上がるにつれてなくなってしまった。煩わしく思うこともあったものの、なくなってしまうとこれはこれで手持ち無沙汰になってしまう。凜花は橙子の手作りのお菓子を恥ずかしく思うようになり、近所の駄菓子屋でビニールのチューブにくるまれたおぞましい色のゼリーを買うようになった。月曜日のクラブ活動と火曜日と金曜日の水泳の日以外は、友達と五時だか六時だかまで外で遊んでくるようになった。子どもたちは成長するのだ。大人の庇護をだんだんと必要としなくなってくる。大人が思うよりもずっと早い段階で。

 高校生くらいの頃、橙子にとって「大人になること」というのは「責任と引き換えに、自由と広い世界を獲得すること」のように見えていた。そして実際、大学に入り学年が進むにつれて、そういった法則はより確かなものになっていくように思われた。

 そしてどうだろう。まもなく四十四歳という、どう甘く見積もっても決して「若い」とは言いがたい年齢、つまり完璧な「大人」の年齢を迎えてから久しい橙子には、大きな責任も自由もほとんど残されていないようだった。橙子がこれ以上子どもたちに対して「責任」のようなものを果たそうとすると、それはおそらく子どもたちにとって重荷になるだろう。そして橙子には、お金を使う自由も、働く自由も、外で好きにぼんやりする自由も与えられていなかった。

 もっと早く気づくべきだったのだ。けれど、凜花の世話があるあいだは、彼女のために何かできることが残っていると思えるあいだは、そのような閉塞感から目をそらすことができていた。私にとって、大人になることというのはこういうことだったのだろうか。これでよかったのだろうか。不幸というわけでは決してない。客観的に見れば、恵まれた平和な家庭だとさえ思う。自分はなにかを期待しすぎているのだろうか。けれど、子どもを鏡にせずありのままの自分を見たとき、そこには同じような毎日を送り、季節に通過され、細かな無数のしわと贅肉だけが増えてゆく自分を発見した。そこにいたのは、中身は大学生の頃から何ら成長していないにも関わらず、自由と責任が欠落した中年の女だった。

 ゴールデンウィークを目前に控えた四月の終わり頃。ひどく年老いた桜の木から、生まれたての若葉がのぞく。手にはいつもどおりの食材の入った袋。行き交う人たち。橙子を決して見てはくれないのに、確かに橙子を監視している人たち。私にはもう、「新しい何か」なんて残されていないのだろうか、と橙子は思う。バイト先の喫茶店で孝太郎と出会った頃のような。アメリカでチーズケーキを食べるような。まだ知らない自分を見つけていくような。季節は一秒ごとに進み、植物は生まれ変わり、世界は目にもとまらぬ速さで進んでいる。どこかで政治的合意がなされ、いのちが誕生し、戦争が始まっては終わってゆく。橙子の知らないところで、橙子だけをあとに残して、何もかもが立ち去っていってしまう。それは閉園した遊園地を思い起こさせた。ありとあらゆる人がその遊園地で思い出を作り、その思い出だけを携えて未来に足を運ぶ。残された乗り物は、すすけたビニールの下で、二度と使われることのない体を横たえている。人々が持っているのはきらきらと動く彼らの残像であり、動きを止めて眠ってしまった彼らを気に留める者はいない。どこにも行けない。自分で死ぬこともできない。永遠に。

 心地いい風が橙子の髪をさっと撫ぜる。それだけで彼女には十分だった。人間の肩書きにも年齢にも、その心の汚さにも関係なく、風は平等に歌うのだった。四十三年ものあいだ枝にしがみつきつづけてすっかりしなびてしまった最後の花びらが、はらりと散った。

 起業をしたい――。そう告げた橙子に、孝太郎は珍しく反対した。彼は来るもの拒まず去る者追わず、強い自己主張などしない人間だと思っていたので、橙子にとってそれは意外な反応だった。

 「どうしてまた起業なんだよ。剛志も大学に入ったし、凜花はまだ小学生だし、差し迫って金がいることはないだろう」

 「でも、剛志もできれば留学したいみたいだし、凜花だってこれからお金がいる時期だし」橙子はほんとうの理由をうまく孝太郎に説明できる気がしなかった。

 「起業なんて、金がかかるだけで時間の無駄だよ。だいいち、君は知らないかもしれないけれど、会社を興すには自己資本金がいるんだ。十年もしたら、僕が父さんから土地を引き継ぐことになるだろう。本当に金が必要なら、その時に少し土地を売ればいい」

 「でもね、私いま時間があるの。凜花も大きくなってきたし」

 「家で自由に過ごしていられるなんて、僕からしたら本当に羨ましい限りだよ。君は少し贅沢なんじゃないかな」

 自由。

 孝太郎は「自由」という言葉を使った。

 「外に出たいのなら、パートにでも出てみれば? 母さんには、僕がそれとなく言ってみてやるから。今はもう昔とは違うんだよって」

 な? と孝太郎は困ったような表情を崩さずに寝室へ引き上げてしまった。孝太郎はもう、前みたいに橙子の料理にわざわざ感想を述べたりしなくなった。

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(A4-2)企業家の妻としての先輩

投稿者プロフィール

ちひろ
ことば、文字、文章。
それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。

文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。
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