『ジャイロスコープ/伊坂幸太郎』
ジャイロスコープ。
gyroscope.
回転するコマを三つの輪で支え、自由に向きを変えられるようにした装置。応用により、物体のずれや揺れを防ぐ。
また、外力を加えるとコマ独特の意外な振る舞いをすることから、転じて、軸を同じにしながら各々が驚きと意外性に満ちた個性豊かな短編小説集を指す。
楽しんでるなあ、伊坂さん。
短編って、こんなにも遊べるんだな。
長編にはない、伊坂幸太郎の魅力が詰まっている。
ありそうな、でもあり得なさそうな。
いや、きっとかなりあり得ない部類の話たちなのだろう。
でも、ひょっとすると、あるいは。
そういう「リアルな非現実感」を出すのが、うまい。
こっちの角度から覗いてみると、こんなストーリーになるんだよなぁ。
そんな風に片目をつむってくるくると物語を回転させている作者の姿が目に浮かぶ。
そして、彼はそんなお話の中で、ちょくちょくズバッとした物言いをしてくる。
ああ、これは、伊坂さんが普段思っていることを、小説の中の人に喋らせているのだ、とはっきり感じ取れるような台詞が。
「それって何? 豆知識? 格言? ことわざ?」少年が高らかに言い返す。労働とは無縁の高校生が、インターネットとテレビで仕入れた情報を元に、先生、世の中は不景気だし必死に勉強したところで高が知れてるじゃないですか、たとえいい企業に就職しても未来は分からないですし、それならば好きなことをやって自分の人生を楽しんだほうがよっぽど賢いじゃないですか、何でもググれば分かるじゃないですか、と抗弁するのと似ていた。おまえがググって分かることは大人にもググれば分かるんだから、立場は同じだろうが、とは大人は言わない。P69
「もっと大変な人がいるから、なんて思ったら駄目だよ。そんなこと言ったら、どんな人だって、『海外で飢餓で苦しむ人に比べたら、まだまだ』なんてなっちゃうんだから」
「あ、でも、あれね、気をつけなくちゃいけないのは、『わたしが一番大変』って思っちゃうことね。『わたしだけが大変』とか」 P209
どんなことも思ったほど悪くない。翌朝になれば改善されている。 P227
こんな文章は、物語の中でよく目立つ。
わかりやすく、思わず笑みがこぼれる。
そして、胸がすくような、痛烈で爽快な気分になる。
物語は、いい。
誰かを直截的に傷つけることなく、何かを主張することができる。
だから、好きなんだなぁ。
〈おまけ〉
伊坂幸太郎氏の作品は、表紙のイメージがすごくいい。
作品に、ぴたりとハマっている気がする。
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ことば、文字、文章。
それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。
文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。
そんな文字の持つ力に心躍る方がいたら、ぜひ友達になってください。
私はそんな友達を見つけるために、物書きをしているのです。
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