『カラマーゾフの兄弟(中)/ドストエフスキー』

上巻の読書感想文はこちら。
『カラマーゾフの兄弟(上)/ドストエフスキー』

引き続き、中巻を読み終えました。
ネタバレしない程度に言うと、中巻の大筋はこんな感じ。

・カラマーゾフの兄弟のうち三男アリョーシャがいる修道院の長老が死の間際に彼らに話して聞かせた、長老自身の若い頃の話
・アリョーシャの苦悩
・長男ドミートリイが起こした事件と、審判の前夜

といったところ。
ううむ。これではあまり伝わらない。

というか、そもそもこの作品自体、もちろんストーリーとしてもおもしろいことはおもしろいのだけれど、キリスト教の教えと当時のロシアの時代背景をものすごく色濃く描いているため、なかなかかいつまんで説明することは難しい。
それに、たとえちゃんと読んだとしても、全部を共感を持って理解することもなかなか難しい。
200年も前に生まれた人だもの。

けれど、その少し古くさい感じが、この作品の現実感と非現実感を絶妙に織り交ぜてくれている気がする。
それは例えば、移動方法なんかにあらわれる。
とびきり早い馬車で、15キロの距離を1時間と15分で走るだとか。

それは例えば、食べものなんかにあらわれる。
ぶどう酒やコニャック、沸かしたチョコレートとキャンディで大宴会をするだとか。

そういうひとつひとつが、ありありと頭の中で描き出される。

キリスト教に影響を受けた作者の考え方に、ああ、なるほどと思い知らされる場面がいくつもある。

人生は楽園なんです。僕たちはみんな楽園にいるのに、それを知ろうとしないんですよ。知りたいと思いさえすれば、明日にも、世界じゅうに楽園が生れるにちがいないんです P66

なぜ僕は自分に満足していられるんだろう? 僕は卑劣な人間だけれど、そんな自分に満足しているんですよ。自分が卑劣な人間であることに苦しんではいるが、それでも自分に満足しているんだ。 P354

この世の人ってみんな、いい人ばかりね。一人残らずみんな。この世はすばらしいわ。あたしたちは汚れた身でも、この世はすてきだわ。あたしたちだって汚れていても、いい人間なのよ。 P443

そう、わたしもこの点においては大いに賛同したい。
人はみな、いい人なのだ。
ただ、弱いだけなんだと。

そして、現代科学を以下のように批判する。

世界は自由を宣言し、最近は時にそれがいちじるしいが、彼らのその自由とやらの内にわれわれが見いだすものは何か。ただ、隷属と自殺だけではないか! なぜなら俗世は言う。「君らはさまざまな欲求を持っているのだから、それを充たすがよい。なぜなら君らも、高貴な裕福な人たちと同等の権利を持っているからだ。欲求を充たすことを恐れるな、むしろそれを増大させるがよい」――これが俗世の現代の教えである。この中に彼らは自由を見いだしているのだ。だが、欲求増大のこんな権利から、どんな結果が生ずるだろうか? 富める者にあっては孤独と精神的自殺、貧しい者には妬みと殺人にほかならない。それというのも、権利は与えられたものの、欲求を充たす手段はまだ示されていないからだ。 P127

まさにその通り。
けれど、同時にこのように声高に叫ぶ修道僧にも疑問を感じずにはいられないのだ。

彼らは、つまり「謙虚で柔和な」修行僧たちは、来るべき「その日」のために、ただただ信じて祈り続けているという。
孤独に、静かに、神の真理を守り続ける。

これは一体どういうことであろうか。
確かに、この考えによれば、争いごとや精神的自殺はなくなるかもしれない。
けれど、本当に人間というものが皆そこまで「強い生き物」であろうか。

今の欲望を抑えこみ、全てを「来るべき日」に捧げる覚悟があると?
それでは今の自分たちの幸せはどこにあるのだ、と考える人が皆無なわけがあるまい。

その弱さから目を背けているところが、キリストに賛同できないただ一点である。

ところで、この物語の面白い点は、高尚なキリストの思想を掲げているにもかかわらず、現実に起こる事件が実に人間臭く、欲望にまみれた愛すべき人々が巻き起こしているということではないだろうか。

引き続き下巻を読み進める。

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