地球滅亡を前に考える。『ムーミン谷の彗星/トーベ・ヤンソン』

見た目が似ているということから、ムーミンにちなんだあだ名が付けられたことから、全ては始まった気がする。
自分でも意識しないうちにムーミンを好きになっていて、はじめはその見た目のかわいさからだったのだけれど、だんだんとそれがエスカレートしていき、ムーミンのキャラクターのついたものを集めたりして。

そんなわたしが作者を意識したのは、ここ一年のこと。
ヘルシンキで行われた「トーベ・ヤンソン生誕100周年展覧会」に行ってからだ。
その時のことは、『ムーミン谷の仲間たち/トーベ・ヤンソン』でも触れた。

今回読んだ作品は、彼女の第二作。
とは言え、作者がその後何度も何度も手を入れ、定稿として完成したのは、初版から22年後。

それほどヤンソン氏がこだわり、伝えたかったテーマだということ。

内容としては、彗星が地球に衝突するまでの数日間のお話。

小さなムーミンと、友人スニフは、まるでピクニックにでも出かけるみたいに、地球に迫る得体のしれない隕石について何か情報を得ようと旅に出る。
日増しに彗星は地球へ近づき、海は干からび、木々は枯れ、空は不気味な赤に覆われる。

その状況に怯えながらも、どこか日常の延長線を生きるムーミンたち。
二人が行く先々で出会う人々も、自分の関心ごとがまず表面に出てくる。
彼らの心配ごとは、子ネコの行き先であり、切手の在り処であり、鏡の無事であり、レモン水である。

彗星の調査を終え、家族のもとに戻る道中もでさえも、彗星と同じくらい真剣に恋のことを考える。
虫たちと、ダンスを踊る。
彼らにとっては、日常に起こるできごとも、彗星と同じくらい新鮮でショッキングなできごとの連続なのかもしれない。

そして、自分の谷からたくさんの人たちが避難するのを見ても、こう思う。
「彼らのことをよく知っていて、しかも久しぶりに会うのだから、もっと話し合うことがあるはずなのに」と。

ムーミンは、一番根っこのところで信じている。
ママに任せておけば、大丈夫だ、と。

その時点で、ムーミンの目的はとにかくママのもとに帰ることに変わる。
彗星の情報を持って。

そして、ママだって今や、彗星の存在はいやでも知っている。

この作品を通して作者が伝えたかったことが何かなんて、考えることさえナンセンスに思えてくる。

地球があっという間になくなってしまうかもしれない彗星が近づいていて。
もちろんそれは地球に徐々に少なからぬ影響を与えていて。
彗星が衝突する前になくなる命もある。

けれど、あるところでは、あくまで個人的なレベルにおいて、彗星とは別の心配ごとも存在感を放っている。
それは異様というべきか、自然というべきか。

たかが彗星が地球にぶつかるくらいで、それが自分と何の関係があるのか。
彗星がぶつかることそのものが問題なのではなく、それが自分の関心ごとに影響を及ぼすから問題なのだ。

「ヘムルさん。それはね、彗星があした地球としょうとつするからなんですよ」
「なに、しょうとつする? それは、切手の収集となにか関係があるのかな」
「ありませんよ。尾をつけた星と、関係があるんです。そして、そいつがやってきたら、あんたの切手も、あんまりのこりませんね」
「そりゃたいへんだ」 P185

と言ったぐあいに。

そして、そういう緊急時には、自分の大切なもの、残したいものが自ずと見えてくるのかもしれない。
そういう作業は、普段あまりものを持たずにさすらいの旅をするスナフキンが一番向いているように思える。

「なんでも自分のものにして、もってかえろうとすると、むずかしいものなんだよ。ぼくは、見るだけにしてるんだ。そして、立ち去る時には、それを頭の中へしまっておくのさ。ぼくはそれで、かばんをもち歩くよりも、ずっとたのしいね」 P60

「持ち物をふやすというのは、ほんとにおそろしいことですね」 P140

「すきでたまらない品物には、星を三つ、ただすきだというだけのものには、星を二つ、なくてもくらせるだろうと思うものには、星を一つつけてください」
「ぼくのリストは、いつでもできるよ。ハーモニカが、星三つだ」
スナフキンはそういってわらいました。 P210

生きていくためにほんとうに必要な「目に見えるもの」というのは、案外少ないのかもしれない。

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