ワープ。情報の山。そして人類の軌跡。『旅のラゴス』筒井康隆

※本記事は引用を含みます

北から南へ、そして南から北へ。
突然高度な文明を失った代償として、人びとが超能力を獲得しだした「この世界」で、ひたすら旅を続ける男のラゴス。
集団転移、壁抜けなどの体験を繰り返し、二度も奴隷の身に落とされながら、生涯をかけて旅をするラゴスの目的は何か?
異空間と異時間がクロスする不思議な物語世界に人間の一生と文明の消長をかっちりと構築した爽快な連作長編。

本の裏表紙に書いてある、「あらすじ予告編」とでも呼ぶべき箇所。
その文章を抜粋した。

いつも本屋で本を物色する時、ざっと表紙の雰囲気とタイトルを目で追い、この「あらすじ予告編」をちらりと眺めて購入を決めてしまうことが多い。

その時私の目に飛び込んできたこの表紙は、私の興味を釘付けにするのに十分なインパクトだった。

モンゴルを思わせる果てなき広大な草原、湖を遥か眼下に見おろし、雲と同等の立場から目の前にそびえる地球儀と、その上に凛と立つ馬にまたがる男。
この風景を見つめる自分が、その世界にあたかも含まれているかのような、半ば被害妄想よりの感情だった。

そして、裏表紙のこの文章を読み、私は購入を決めた。

当時の私は随分と、今よりももっと、この世界の進みすぎた文明とそれに翻弄される日々にぐったりと疲れきっていたのだ。

当時の私、と書いたからにはこの本を買った時から実際読んでしまうまでにかなりの時差があったことがおわかりいただけるだろうか。

これは多くの読書好きに往々にして起こりうることだと思うが、興味をそそられる本に出会うスピードに、自分の読むスピードが追いつかないのだ。
特に大きな本屋に行くと、もう抱えきれない本を毎度毎度買ってしまうものだから、あまり書店には出向かないようにしている。

そうした経緯で、本書を開くときにはすでに「あらすじ予告編」の内容はすっかり頭から抜け落ちていた。
(本を読み始める時、私はどきどきした気持ちを味わうために、裏表紙は読まずに本を開くことにしている。無論、解説を事前に読むなどもってのほかだ)

物語は人びとの集団転移から始まる。
集団転移とは。

私たちの感覚で言えば、ワープといったところだ。
それでいて、それは進んだ科学技術が生んだ代物ではなく、彼らの生活はむしろ原始的とさえ言える様式をまとっている。

ある旅人は、何かを目指している。
旅をしている。

正直言って、本の半分くらいまでこの話がどこに向かおうとしているのかがさっぱりつかめなかった。

この本の不思議なところは、集団転移や壁抜け、空を飛ぶなどの不思議な能力を持った人びとが数多く存在するにもかかわらず、ファンタジイ色やポップな感じがまるでないところだ。

男が旅をし、血なまぐさい人間のぶつかり合いを傍観し、時に巻き込まれ、また旅立ってゆく。

男がある都市に辿り着いた時、やっとこの男に与えられた使命、運命を理解できた気がした。

彼は膨大な年月をかけて、失われる前の高度な文明を記した書物の山を読み解いてゆく。
人の目で文字を追い、記憶し、要約することがいかに大変なことか。

今や私たちは、検索によって自分に適した情報を瞬時に手にし、かいつまんで得られる状況に慣れてしまっているが、本来情報というものはそうであったのだ。
一人の人生を捧げても、すでにあったことを理解してまとめることすら到底叶わぬ人類の軌跡。

そして、それを無条件に右から左へ人びとへ伝えるのではない。

時代の流れに逆らい過ぎぬよう、それでも人びとを何らかの形で救うことができるよう、男は葛藤してゆく。

そうした果てに、男が人生の幕を下ろすのに選んだ方法は、彼の博識、知性、人徳から考えると意外な、いや、むしろ当然とも言える結果かもしれないが、あまりに人間らしいものであった。

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ことば、文字、文章。 それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。 文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。 そんな文字の持つ力に心躍る方がいたら、ぜひ友達になってください。 私はそんな友達を見つけるために、物書きをしているのです。

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