夫婦なんて、ばかみたい『こうばしい日々/江國香織』

アメリカ育ちの大介の幼い恋を描く「こうばしい日々」
姉のかつての恋人で、歳の離れた次郎くんに恋をするみのりの心を描く「綿菓子」
このふたつのお話で構成されている。

どちらも歳の離れたお姉さんがいて、自分は幼いのだとどこかで思い続けながら成長するふたり。
男の子と女の子の気持ちを、こんなにも切実に書き分けた作品に、わたしは出会ったことがない。
男の子ががさつで単純で、女の子が繊細で複雑だとか、そんな簡単な住みわけじゃない。

どちらの主人公も、ちゃんと「個人」としての性格がきちんと出ていて、それでいてふたつを読み比べてみると、そこに鮮やかな「性差」が現れている。
わたしはこの本について、うまくコメントすることができない。
とにかく読んで、感じて、その空気を吸って、通り抜けてみないと、この素敵な体験は伝えられない。
「ああ、人はこういう思い出のひとつひとつを大切にガラス玉にいれながら、おとなになってゆくのだ」と思うような、少年少女時代の日々。どうしてあとになって振り返ってみないことにはわからないんだろう。
あんなにもきらきらした、むずがゆいほどの純粋な日々。

《こうばしい日々》
小さい頃からアメリカで育ち、完全にアメリカ人としてのアイデンティティを持つ大介。
高校を卒業してから英語を必死で勉強し、ふたつの文化の中で生きる姉。
その混じりあいは、とても特別で、とても当たり前の風景として描かれる。

《綿菓子》
「女って、哀しいね」
そうつぶやく主人公。
仲睦まじい友人の両親。
一方で、無口な父、そんな父にもはや期待などしていない母。
そんな友人の両親は、外から見るとそうだっただけなのかもしれない。

夫婦ってなんだろう。
恋って、結婚ってなんだろう。
矛盾のない恋をしよう。

「夫婦なんて、ばかみたい」
「夫婦なんて正しくないよ」

おとなの事情なんてまだ知らない、あくまで純粋な気持ちの少女が感じる、あまりにもせつない恋のはなし。
結婚は、恋の最終目的地? それとも、人間と人間が現実的な折り合いをつけるための方法のひとつ?
人間を生きるということは、なんて矛盾しているのだろう。

投稿者プロフィール

ちひろ
ことば、文字、文章。
それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。

文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。
そんな文字の持つ力に心躍る方がいたら、ぜひ友達になってください。
私はそんな友達を見つけるために、物書きをしているのです。

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