何も傷つかずに育ってくる人間はいない。『とかげ/吉本ばなな』

傷つくと、心は血を流す。
時にはすぐに死んでしまうような大きな傷であることもあるし、
じわじわとその人の命を蝕んでいってしまうような傷もある。

けれど、大抵の場合、心の傷はすこしづつふさがる。
跡は残るかもしれないけれど、前よりもちょっとだけ頑丈になって、また全身に血をめぐらせる。
傷ついた心は、「癒し」の存在を知る。

どくどくと血を流す傷がふさがったり、凍りついた心がじんわりと溶け出すあの感覚を知っている。

そしてそれは、経験したことのない人には決して伝わらない、肉体的な体験かもしれない。

繊細な人は傷つきやすく、傷は大きく治りにくく、豪快な人は傷つきにくく、傷も浅いのかもしれない。
だからたぶん。
繊細な人は、自分も、そしてまわりの人さえも「癒し」てしまう力を持つことがあるのだろう。
いのちをまもるために。

『とかげ』は、繊細で、自分に素直に生きてきて、そんなふうにしか生きられなくて、知らないうちにたくさん傷ついた人たちの、小さなお話たち。
その中で、その人が、その周りの人が、だんだんと癒やされてゆく。

変な性癖があったり、新興宗教の村で生まれたり、不倫をしたり。
そして、不思議な力を持つ人や、身近な人のふとした一言なんかで、状況が(たぶん)いいほうへ変わっていく。

それは単に時間が解決したものかもしれないし、その一瞬ではなく、もう自分の中ではとっくに答えを出していたのかもしれないし、でも、それにはきっかけがいる。

生きることとと死ぬことを、おんなじ場所に置けるところが、吉本ばななのすごいところだと思う。
なんの不自然もなく。

あの子は私を傷つけない。あの子は安心だ。だから何も恐れず、もう一度眠ってもいい。
今度目覚めてもひとりじゃないし、あの子は帰ってしまうこともない。 P79

↑不倫の真っ最中に女が妹に対して感じるこころ。
姉妹はいいなあ、どこにもいかないから。そう思うのです。

こういうことってあるんだなあ、と私は思った。完璧で、そのままもう終わってゆくしかないことが。 P140

↑一度だけ関係を持った人と、会えないわけではないのに、もう会うことはないのだと悟るときの言葉。

何も傷つかずに育ってくる人間はいない。
みんなが一度くらい親から決定的に拒まれたことをどこかでおぼえている。例えばおなかの中で、まだ目も見えないとき。話もできない時。だからもう一度、誰かが自分の親になってくれることを、本当に死にそうな時に物理的に共同責任をおってくれることを、理屈ではなく、ただとにかくむしょうに求めてひとはひとと暮らそうとするのだろう。 P158

↑ひとりになりたくない、ひとりになりたくない、ひとりになりたくない。
いつも強く思う。
それでも人と不器用にしか付き合えないのは、ましてや一緒に暮らすなんて考えられないのは、きっと「目を覚ますといなくなっている」ことがこわいから。
それなら最初からいないほうがいい。

やっぱりわたしは、口ばっかりのあたまでっかち。どこまでも子どもだなあ。

The following two tabs change content below.
ことば、文字、文章。 それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。 文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。 そんな文字の持つ力に心躍る方がいたら、ぜひ友達になってください。 私はそんな友達を見つけるために、物書きをしているのです。

新刊発売中!

できることなら、十四歳という年齢はすっとばしてしまえるのがいい。
冬に元気をなくす母親と、影の薄い善良なフィンランド人の父親を持ち、ぼくは彼らの経営する瀬戸内市の小さなリゾートホテルで暮らしていた。ある時なんの前触れもなしに、ぼくにとって唯一の友達であったソウタが姿を消した。学校に行くことをやめ、代わり映えのしない平穏な日々を過ごすぼくの生活に、少しずつ影が落ちはじめる。

『レモンドロップの形をした長い前置き』
著者:田中千尋
販売形態:電子書籍のみ
販売価格:450円(※Kindle Unlimitedをご利用の方は無料で読めます)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。