眠れぬ夜のホットミルクのような。『虹の岬の喫茶店』森沢明夫

久しぶりに小説を読んで泣いた。

読んでいる最中でどうにもこうにもいかなくなって、しばらく寝転びながら天を仰いだ。

心にある種の問題を抱えた人びとだけがたどり着ける、小さな岬の先にある喫茶店。

そこでつつましく店を開けている初老の女主人と彼らの織りなすストーリー。

小さな物語が積み重なって、大きな一つの物語を形づくっている。

凝ったひねりがあるわけではない。
はっと目の覚めるような言い回しがあるわけではない。

だからこそ、だからこその安心感と、じんわりと胸に広がるぬくもり。

村上春樹やよしもとばななが、トンネルを抜け、山を越え、海へ飛び込む経験だとしたら、
きっとこの本は「眠れない夜の午前1時に飲む、はちみつ入りのホットミルク」であると言える気がする。

この本を読んで、もう一ついいなと思ったことがある。

スピッツの「春の歌」が、なんとも言えない良い形で取り上げられている。
この歌が、こんな場面でこんな風に聴かれ、こんな感情を巻き起こすのだ。

それは私にとって大きな発見だった。
それまでろくに聞いたことがなかったスピッツを随分熱心に聞くようになり、今ではすっかり仕事用BGMとして定着してしまった。

そう、私は比較的単純なつくりをしているのです。

そんな風に、少し前に人びとを魅了し、今は静かに佇む名作を、違った視点で掘り起こしているところがよかった。

ほんとうによかった。

そして、この本には絵本も登場する。その絵本を巡って娘と父親がやり取りを交わすのがなんとも感動的なのだが、実はこの絵本は実在していなかった。

しかし、見つけてしまった。
森沢明夫オフィシャルブログより
なんと、本書の発売後にその絵本が後付けで発売されたのだ。

これって結構感動的だと思いませんか?

こんなふうに、小説を通して作品と誰かを出会わせること。
特に、絵本と子どもたちがもっと出会ってくれたらいいなと思う。

そんな短い小説を書くのもいいな、と思った瞬間だった。

うまいコーヒーでほっとするのが好きなあなたには、ぜひ読んでもらいたい一冊である。

投稿者プロフィール

ちひろ
ことば、文字、文章。
それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。

文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。
そんな文字の持つ力に心躍る方がいたら、ぜひ友達になってください。
私はそんな友達を見つけるために、物書きをしているのです。

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冬に元気をなくす母親と、影の薄い善良なフィンランド人の父親を持ち、ぼくは彼らの経営する瀬戸内市の小さなリゾートホテルで暮らしていた。ある時なんの前触れもなしに、ぼくにとって唯一の友達であったソウタが姿を消した。学校に行くことをやめ、代わり映えのしない平穏な日々を過ごすぼくの生活に、少しずつ影が落ちはじめる。

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